BuzzFeed『深夜に96歳の男性が「ラーメン食べたい」と言ったら、どうしますか?』記事に思う/人間は、他者の仕事のプロセスを悲しいほど見ない、ということ。

介護事業所で、深夜に96歳の男性にラーメンを提供したというツイートが一時的に「炎上」した、というBuzzFeedの記事を読んだ。
非常に良い記事であり、この事業所の取り組みに賛意を示した上で、ピカソとジャッキー・チェンとトヨタの話をしたい。

2020年6月6日

深夜に96歳の男性が「ラーメン食べたい」と言ったら、どうしますか? 「ほどほど幸せに暮らす」を目指す事業者の挑戦

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/grundtvig-ramen?utm_source=dynamic&utm_campaign=bfsharefacebook&fbclid=IwAR1NGPvm48PPM5nUDQSjQPxU-oRF2p3nYlmbUMQdtBUHSOMBdyESi7yd1Bk

この記事から想起されることは、
・人生の自己決定について
・医療介護現場におけるゼロリスク神話の弊害
・人間は、他者の仕事のプロセスを悲しいほど見ない
という3点である。

 

前二者に関しては、誰かが語ってくれるから省略する(か後回しにする)。
最後の点について。

 

記事から与えられた情報のみによって書く。
記事によれば、介護事業所が件のツイートをあげた際、「誤嚥したらどうする」「深夜に食事を出して生活リズムが崩れて認知症が進んだらどうする」などという批判が巻き起こったという。

 

だが、記事によれば、件の「深夜のラーメン」に至るまでのプロセスがある。
理念の探求だけでなく、様々な試行錯誤、そしてなにより看護師や介護士、理学療法士などによる嚥下機能の評価や食形態を段階的にアップしていくなど細やかなプロの仕事が為されているのだ。
(当たり前のことだが)退院したばかりの人にいきなりラーメンを提供したわけではない。

 

このプロセスこそが、介護がプロの仕事であるゆえんなのだが、悲しいかなこうしたプロセスの部分というのは見過ごされ、読み飛ばされる。
これはなにも批判者だけでなく、この記事を絶賛している者にも当てはまる。

 

批判者は、隠れたプロセスに思いをはせることなく表面に表れた「退院1週間後の96歳の男性に、深夜にラーメン」の部分だけを見て脊髄反射的に批判する。
賞賛者は、これまた隠れたプロセスに思いをはせることなく「本人がやりたいようにやらせるのが理想の介護!」と褒めたたえる。
「深夜のラーメン」を実現させるために、介護やリハビリのプロの手による細やかなプロセスが存在することに思い至らない。

 

だがこの、「(他者による)表面に表れる仕事の成果だけを見て、そこに至るプロセスが存在することすら気づかない」というのは、悲しいかなおそらく人間の本質であろう。

 

ピカソがファンから求められ、サラサラと紙に絵を描いて言った。
「この絵の価値は100万ドルです」
驚いたファンが言う。「たった30秒で描いたのに、100万ドル?!」
ピカソはにこりと笑ってこう答えたという。
「30年と、30秒ですよ、お嬢さん」
ほんとの話かどうかは知らない。

 

「医者はカゼ薬出してればいいから、誰だって出来るよ」という人がいる。その発熱がほんとにカゼなのか、ほかの病気の可能性はないのかきちんと判断(鑑別診断というやつですね)しているプロセスに思い至らない。
「お笑い芸人は人前でバカなこと言っていればいいから楽だね」という人がいる。観客や視聴者からウケるための”バカなこと”を言えるまでにどれだけの模索や練習があるかというプロセスに思い至らない。
華やかなアクション映画が出来るまでのプロセスは、ジャッキー・チェンの映画のエンディングが教えてくれる。

 

表面に表れる仕事の成果のウラに、膨大なプロセスが存在することに気づくのには、自分で仕事をしてきた経験と、知的訓練がいる。
この訓練として、何かが起こったら「なぜ」「なぜ」「なぜ」と五回遡って考えるトヨタ式のものがあったりする。

 

「プロとして働くなら、他者の仕事のプロセスに常に思いをはせよ。しかしながら、自分の仕事は、表面に表れる部分のみで他者にああだこうだ言われることを覚悟せよ」
というのがこの記事のウラの教訓ではないだろうか。

 

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