K式ロシア語勉強法

「ひどいです!」
「私、怒っていますよ!」
「もうたくさん!」
「いいかげんにして。」
「もう我慢できない。」
次から次へと言葉が耳に流れ込んでくる。ぼくは口を開くことなく、じっと耳を傾けた。


「諸君!今日は君たちに」
思いは10代に飛ぶ。
教壇で、K先生が中学生のぼくらに語りかけた。
「今日は君たちに、K式ロシア語勉強法を教えよう」
K先生は大学時代ロシア史を専攻し、今もぼくらに世界史を教えるかたわらロシアについての研究を続けている。今年の夏もロシア語の語学研修に行ってきたという。
「ロシア語に限らず、外国語というのは、会話の聞き取りというのが難しい。どんな単語が飛び出るか、話題がどこに向かうかわからないからであります。
相手、特にロシア語ネイティヴの会話についていくのはたいへんである。
そんなときはK式ロシア語勉強法を使うのであります。

つまり、ネイティヴとの会話の主導権をこちらが取ってしまう。
前もって、こんな話をしよう、こんな話題を振ろうと用意しておく。自分が話そうという話題のロシア語構文をこしらえておき、そうしてそれを覚えておくわけであります。

相手から話しかけられたらどうしよう、と受け身で待つのではなく、前もって準備しておき、こちらから仕掛けていく。
覚えておいたロシア語構文で話しかけると、相手が返答する。2割から3割は相手の言っているロシア語が聞き取れるから、その聞き取れた2〜3割から相手の言っていることを推測して、手持ちの構文を返す。そうすると相手がまた何か言うから、またその2〜3割を聞き取って、そうやって会話を続けるのであります。
全部聞き取ろうとして、それからロシア語で答えようとしても会話は続かないし、挫折する。

K式ロシア語勉強法により会話の機会を貪欲に積み重ねて、そうやって外国語というのは習得するのであります」

大人になってもロシア語を学ぶ機会はないが、K式ロシア語勉強法の考えかたそのものは外国語学習にずいぶん役にたった。中学高校時代の授業で聞いたことはほとんど忘れ去ったが、K式ロシア語勉強法はわずかに覚えていることの一つで、これからも忘れないだろう。

そんな思い出に浸っていると、再び現実に引き戻された。
「よくそんなことが言えますね。」
「あなたが何を考えているのかわかりません。」
「売り言葉に買い言葉ですよ。」
「いい人だと思っていたのに。」
「君とは絶交だよ。」
「もう連絡もしないで。」
「弁護士を通してください。」
今までこうした言葉を面と向かって言われたことはない。
ましてやこれからの人生でこんな言葉を自分から使う機会があるのだろうか。でもまあ何事も勉強だしな、と思いながら、ぼくは『スペイン語会話フレーズブック』(明日香出版社)のCD再生を止めた。

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