「子どもは言われたようには育たない。育てられたように育つ」と彼女は言った。

「子どもは親に言われたようには育たない。親に育てられたように育つ」
昔聞いたとあるママさん看護師さんの名言である。
 
実際の発音に忠実に記載すると、「親に育てられたよおぉぉぉぉぉおおうに育つ」となる。「お」の連続した部分に万感の思いが込もる。
口先できれいごとを言っても子どもは聞いちゃいなくて、ふとしたときにかけた言葉に秘められた本音や親の立ち居振る舞い、親の後ろ姿などをそのまま吸収して、育てられた環境のままに育つ、という話であった。
 
この話は親子だけでなく、社会の中の大人と子どもの間にも成り立つように思う。大人たちが楽しそうに生きる社会では子どもたちも楽しそうに育つだろうし、大人たちが希望を無くして生きる社会では子どもたちも絶望のどん底にズンドコに落とされて育つだろう。ずん、ずんずん、ズンドコ♪
 
そんなことを思ったきっかけは漫画家のまつもと泉氏の訃報だ。
1980年代に男子校で青春を送ったぼく(ら)にとって、氏の描き出したキラキラドキドキ甘酸っぱい世界は未来への希望を与えてくれた。
「大人になったらあんなステキなことがあるんだろうな」と思いながら氏の作品をこっそり読んだものだった。
まあ実際にはそうそういい話もなく、後年現実の厳しさを知るわけであるが、まあそんなもんだろう。ただまつもと泉氏の作品により当時の男子高生の精神の一部が育てられたのは事実だ。
 
そういえば同じ頃、わたせせいぞう氏の作品にも「大人になったらあんなステキなことがあるんだろうな」と育てられた。でも実際にはハートカクテルな世界は待っていなかった。だいたいなんだあのハートカクテルの世界の住人たちの生活感の無さは。住民税とか払ってるのか彼らは。
 
ちょっと待てよく考えたら全然育てられたように育ってないじゃないかオレのおれんじロードは気まぐれか。ほんとだったら今ごろなんかよくわからないパステルカラーの海辺の街に住んで「それはステキなハッピーエンドなのサ」とかよくわからんこと言ってたはずじゃないか。そもそもオレの鮎川はどこに…(錯乱)
 
 (週末をはさんで気持ちを落ち着けて再開)

「君たちは実にえらい。週刊プレイボーイの」
地学の授業中、E先生が言った。
「グラビアだけでなく紙のページもしっかり読んでいる。紙のページの記事には社会や世界の問題が論じられていて勉強になる」。
 
先週末、「子どもは親に言われたようには育たない。親に育てられたように育つ」という話を書きかけた。途中で紆余曲折もあって思考のロードは気まぐれに終わってしまったのでやり直したい。
 
えーとですね、論旨としては、子どもは育てられたように育つ。そして子どもを育てるのは親ばかりではなく社会を構成する大人でもあるから、大人になった今、子どもが楽しく育つように頑張りましょう、そんなことをですね、言いたいわけです。議事進行。
 
10代のころ育てられたといえばやはり学校で、先生がたから学ぶことは今思うと大きかった。
 冒頭のE先生は大学院で天文学の研究をしながらぼくらを教えていた。授業中に週刊プレイボーイを読んでいたのを見つかった者も、よもや褒められるとは思っていなかっただろうし、紙のページの記事を読んでいたとしても島本某だるま親方かコミネ氏の記事だったかもしれないが、それはそれだ。
 
世界史のK先生はその夏ロシア語に磨きをかけるため短期留学に行ってきて、その話をしてくれた。
もう一人の世界史のU先生の授業はいつまで経っても古代エジプトから脱出出来なかった(本当)が、年功序列の給与制度で定年なし(今はあるらしい)のその学校で49年間(!)教え続けているU先生の給与の大半は本に消えているというウワサだった。
そうした大人たちに育てられたぼくが彼らの背中から学んだものは、「人間は、いくつになっても学び続けるものだ」ということだ。「君たちも、大人になっても学び続けなければならない」なんて言われたことはなかったけれど、彼らの背中からそんなことを学んでぼくらは育った。
 
子どもたちは、大人の背中を見て育つ。
もちろんK先生はご健在だが、今年はぼくが子どもの頃に「大人」だった方々がずいぶん世を去った。
 
たとえば志村けん氏。氏が亡くなられた時には本当に、比喩や誇張やレトリックではなく涙が出てきた。ずっとテレビで見てきて、知らず知らずのうちに「スケベで変だけどいつも子どもを笑わせてくれる、身近なオモロい大人」というふうに思っていたのだと思う。会ったこともない有名人の訃報で泣くなんて、後にも先にも志村氏のときだけだ。
ぼくたち昭和の子どもたちは、志村けん氏を見て、「大人になったらもっともっと楽しくなりそうだ」と思いながら育ったのではないだろうか。
 
自分が歳を重ねてくると、少しずつ自分にとっての「大人」がいなくなっていく。自分が大人になったからだ。
今度は自分たちが子ども達に背中で教える番なわけで、ぼくたちは今を生きる子どもたちにどんなメッセージを残していけるのだろうか。アイーン。

 

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