ぼくたちの失敗。

「子どもは人類の研究開発部門」。
児童心理学者、アリソン・ゴプニックの言葉だ。(ウォーレン・バーガー『Q思考』ダイヤモンド社 2016年 kindle版930/4563)。

 

子どもたちが人類の研究開発部門だとすると、子どもたちに成功をもたらすのは何だろうか?
人類の研究開発部門である子どもたちに成功をもたらすもの、それは「失敗」、もう少し丁寧に言えば、「安心して失敗できる環境」ではないだろうか。

 

研究開発に必要なのは、山ほどの失敗だ。
明王エジソンが電球のフィラメント素材を探すためにかたっぱしから素材を試したのは有名な話だし、薬だってロケットだって、山ほど失敗して、その中から一握りの大成功が生まれてくる。
研究開発には、失敗がつきものなのだ。一握りの大成功のためには山ほどの失敗が必要だし、山ほどの失敗のためには、安心して失敗できる環境が必要だ。
人類の研究開発部門たる子どもたちの成功を望むなら、大人たちは安心して失敗できる環境を用意しなければならない。

 

我が子が幼いころ、一緒に公園に行った。
子どもというのはなんでもやりたがるもので、そのときに我が子がやりたがったのはジャングルジムだ。
小学生がスイスイ登っているのを見て、自分もやると言い出した。落ちたら大ケガだとは思ったが、やらせてみることにした。
右足を横棒にかける。次に動かすのは右手か左手か、つかむべき棒はどれか。幼い頭で一生懸命考えている。
この棒、あの棒と試行錯誤して、ぎこちなく一段上がる。我が子の顔がパッと輝く。
一段、また一段と上がるたびに、我が子は誇らしげになり、親であるこちらはハラハラがつのる。
とうとう我が子は一番上まで登り切った。僕の頭よりだいぶ高い位置だ。
我が子はどうだと言わんばかりに周囲を睥睨する。ライオン・キングのようだ。
結局、彼は独力でジャングルジムを登り切って、一人で降りてきた。
ぼくはアドバイスもしなかったし、手助けもしなかった。
ただ常に息子の真下のポジションに移動して、万が一彼が手足をすべらせて落ちたら全力で受け止められるよう、緊張しながらずっと手を広げていただけだ。
もし彼が初めてジャングルジムを登り切った日のことを覚えていてくれるとしたら、こう言ってほしい。
「初めてジャングルジム登ったときも、全部一人で登り切れたよ。怖くなかったし、自分の力だけで、自由に登ったね。親父なんか見てるだけで、なにも助けてくれなかったし」

 

高校生の時、飲み会で仲間の一人のT君が飲み過ぎて、急性アルコール中毒になってしまったことがある。T君は緊急入院となり、さあどうしたものかと仲間と話した。
結局、あとでバレてもいけないということで、先生に報告に行くことになった。
「H先生、実は昨日、あるメンバーが急性アルコール中毒で入院しまして」
そう職員室に報告に言ったときの緊張は今も覚えている。
H先生はそう告げられほんの一瞬ひるんだが、次の瞬間こう言った。
「そうか。しかし学校の外で起こったことだから、学校は一切、関知しない」。
何が正しいかはわからない。親を呼びつけるべきなのかもしれないし、飲み会メンバーを停学にすべきなのかもしれない。
ただH先生は、あの瞬間に決意した。
社会というジャングルジムを得意顔で登り始めた高校生の我々から手を離すこと、そして万が一ジャングルジムから落ちたら、真下にいて全力で受け止めることを。

 

子どもたちの失敗に、寛容な社会でありますように。

 

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