病院経営万事研修その1~明日の医療を『ラッセ』に学ぶ。

「タカハシさん、ぼくが前にいた製造業界ではね、工員が1メートル歩いたら経費はいくらになるかまできっちり計算してますよ。それと比べると、医療業界はドンブリ勘定もいいとこですね」。
大阪のとある病院に見学に行ったときに案内してくれた経営企画室のかたに言われた言葉だ。前職は製造業界にいたという。
 
医療看護福祉介護業界では「経営」とか「コスト」とか「利益」という言葉に集団的アレルギーがあるかもしれないが、特に民間の機関ではそうしたものと無縁ではいられない。薬や機材の支払いもあるし、税金払わにゃならんのですよ。
 
というわけで少なくとも日本では、そうした医療看護福祉介護業における経営とか運営とかはまだまだ発展途上でフロンティアな分野であるように思うが、ぼく自身が学びたいのは外食産業からである。
 
In my opinion、外食産業、特に日本の外食産業は消費者にとって世界に比類なきもので(働く者にとってブラック企業も少なくないときくし、その面は別に論じる)、あれだけ料金を抑えて良質なものをコンスタントにあまねく提供できているノウハウは学ぶべきものの宝庫だ。ニューヨークでラーメンやてんやの天丼(的なもの)食べようとしたら40〜50ドル取られる。たぶん。
 
外食産業から学びたいものの一つは、「個人プレーをどのようにしてチームプレーにしたか/するか」ということだ。
もともと腕のよいシェフや板前さん、職人さんの個人プレーからお店からスタートして、それを「店全体」のチームプレーにしていければ持続可能性の高い繁盛店になる。「チェーン店全体」のチームプレーにできれば持続可能性の高い飲食チェーンになる。
店を大きくするのがいいか、自分の眼の届く範囲で自分の腕を振るうのがいいかはオーナーやシェフの意向によるが、使える武器は多いほうがよいから、学べるだけ学んでおくほうがよいだろう。
 
ぼくが生業としている「街のクリニック」も、油断すると医師だけの個人プレーで終わってしまう。そうすると個人プレーをしている医師の体力や能力、気分のムラで地域医療が左右されてしまうから、良質な地域医療の維持可能性が下がる。
それをどうクリアするか。
そのナゾを解明すべく、我々はアマゾン川の奥地ではなく目黒に飛んだ。


「万物すべてを我が師とすべし」という心の声に従い、我々は目黒へと飛んだ。そぼ降る雨の中、向かうはイタリア料理の店『L'ASSE』である。
 
我々はすべての人や物事から学ばなければならないが、ぼくが今一番学びたいのは外食産業だ。
シェフや板前、職人の腕前という個人プレーを、どのようにして店全体やチェーン全体のチームプレーに昇華しているのかということに興味がある。
 
『L'ASSE』を訪れた理由は、同店のオーナーシェフ村山太一氏の著書を読んだからである。その名も『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトをするのか?』(飛鳥新社 2020年。同書内では店名は『ラッセ』表記)。
 
同書によれば、村山氏はイタリアに8年滞在し、ミラノの二ツ星レストラン『アイモ・エ・ナディア』やマントヴァの三ツ星レストラン『ダル・ペスカトーレ』で働き、最後は副料理長まで務めたという(同書第二章)。
 
そんな村山氏は、2017年から、自分の店『L'ASSE』の運営をしながら、休みの日には五反田のサイゼリヤでバイトをするようになった。なぜか。
成功している店の仕組み化、成功の方程式を身をもって学ぶため。
 
そして村山氏には何よりも大事な思いがあった。
〈僕は、人を幸せにしたいんです。
僕とかかわってくれる人を幸せにする仕組みをつくりたいのです。〉(前掲書p.108)
人を幸せにするやり方は無数にあるだろう。
 
自己流で、手探りで一個一個その方法を探すもよし、すでに確立している方程式を学ぶもよし。
村山氏は、食を通して人を幸せにする術を求めてサイゼリヤでバイトをし、その仕組みを学んで自分の店に持ち帰った。
 
その結果―
〈・スタッフ1人当たりの年間売上850万円→1850万円(約2.2倍)
・経常利益率 8%アップ
・労働時間 16時間(8時〜24時半、休憩30分)→9時間半(10時半〜22時、休憩2時間)(約4割減)
・従業員数 9人→4人(効率化により少人数で店を回せるようになった)〉(前掲書p.4)
 
ツッコミを受ける前に言っておくと、最後の従業員数の項目は医療看護福祉介護業界にとって非常に重要だ。
なぜなら高齢化によって医療などのサービスを必要とする人は爆増し、逆に労働人口の減少によりサービス提供者の数は頭打ちだからである。
少人数で医療看護福祉介護を回せる仕組みを、さまざまな分野から学ばなければならない。
単に、従業員を減らして利益率を上げた、という話として捉えるべきではないだろう。
(続く)
 

 

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