病院経営万事研修その7-愛・おぼえていますか。

「働いている人が幸せでなければ、利用者を幸せにはできない」
10年ほど前にデンマークの高齢者施設で聞いた言葉だ。デンマークではそのころ、介護施設で働く人々の待遇改善を求める社会運動が繰り広げられていたという。
T君、誘ってくれてありがとう。Oさんその節はお世話になりました。
 
さて、医療看護介護福祉という分野は、感情が動く職業だ。
そこで働く人が幸せであれば患者さんや利用者さんに対して余裕を持ち温かく接することができるし、そうでなければその逆だ。
そこで働く人が余裕なく追い詰められ荒んだ気持ちでいれば、その歪みはその場の最も弱い者に向かってしまう。その負の感情が、場合によっては患者さんや利用者さんに向かうことだってありうる。
 
外食産業に効率化や生産性向上、個人プレーをチームプレーにするノウハウなどを学びたいという話をずっと書いている。
 
やり方を間違えると現場はめちゃくちゃになるけれど、上手い具合にいくと効率化は現場に余裕をもたらす。生産性が上がればさらなる効率化のための設備投資もできるだろう。個人の技量をチームで共有できれば、休みもとりやすくなるというものだ。
効率化や生産性向上は、第一義的には働く人のために目指すべきものである。
 
失敗の原因は「仕組み」に求めよ。
成功の果実は「人」に分けよ。
 
ぼくが外食産業から学んだことは、そんなスピリットだ。
 
〈私のように単身、地元を離れて上京してきた人間は、誰しもが初めて見る東京のにぎやかさに驚かされます。そして、こんなに人が大勢いるのに、どうして自分だけ一人ぼっちなんだろうと、えもいわれぬ寂しさに襲われるものです。
あれは一九五四(昭和二九年)、私がまだ一八歳だった冬のこと。私は夜になっても行くあてがなく、上野駅の近くをぶらぶらしていました。やがて、ここなら長居しても大丈夫だろうと、小銭を握って、そば屋に入りました。
中にはいっぱいの客がいました。奥には当時珍しかった白黒テレビが置かれてあり、みんなでそれを熱心に見入っていたのです。番組は大人気だったプロレスの実況中継で、ちょうど力道山とシャープ兄弟が闘っていました。
店には熱気が充満していて、私も高揚しました。しかし中継が終わるやいなや、プロレス観戦が目的だった他の客はどんどん帰っていき、気がつけば残っているのは私一人だけに。寂しさをかんじないように、私はプロレス中継が終わった後のテレビ番組を見ていました。しかし当たり前ですが、店には閉店時間というものがあります。
「お兄ちゃん、もうお終いだから」
そう言われて、私はしぶしぶ席を立ちました。ああ、またにぎやかな街に出て、一人ぼっちか……。あのときの寂寥感は忘れられません。「もし閉店のないそば屋があったら、どんなに良いだろうー」。私はそう思ったのです。〉
「富士そば」創業者の丹道夫氏の本、『「富士そば」は、なぜアルバイトにボーナスを出すのか』(集英社新書)の一節だ。
丹氏が24時間営業の「富士そば」を創業したのは、それから二十年後のことだった。

作家ミヒャエル・エンデはかつてインタビューでこう語った。
文化と法律と経済はそれぞれ独立したもので、文化は自由を、法律は平等を、経済は博愛を具現化したものである、と(日本版PLAYBOY1992年3月号インタビュー記事p.33)。
たしかに自由がなければ文化は花開かないし、法律は平等でなければならないけど、経済が博愛の具現化というのは少々こじつけかなあなんて長年思ってきた。
しかし外食産業についてずっと考えてきて、なるほど経済活動の根底にあるのは、愛かもしれないと思うようになった。

コロナ禍の中、特に緊急事態宣言後、会食や外食の機会は大幅に減った。
今まで何も考えずにふらりとよったファストフード店でさえも、入るには少々覚悟と警戒が要る。
そんな中でぼくが感じたのは、今までどれだけ多くの癒しと気晴らしと喜びを外食産業からもらっていたかということだ。

星付きシェフの珠玉の一皿、その道何十年の職人の握りから、なんてことのない居酒屋で鳥の軟骨揚げとレモンサワーで同僚と愚痴る憂さ晴らしのひとときやコーヒーショップで過ごすほっとする瞬間。
そんなたくさんのものを外食産業はぼくらに与えてくれる。
会食や外食の自粛によりそれらが絶たれて、そのありがたさに気づいた次第である。

外食産業は、全国津々浦々で常に安定した料理をあまねく提供し、どんな人も分け隔てなく温かくもてなし、ひとときの癒しと気晴らしと喜びを与える。それって愛じゃん。

医療業界で働く者として、外食産業から効率化と生産性向上とチームプレーのスピリットを学びたいと書いてきた。それらは第一義的には働く人のためとも書いた。
さらに考えを進めると、我々が行おうとする効率化と生産性向上の目指す先は博愛の実現にあるのかもしれない。
そんなことを思いつつ、この話はひとまずおしまいにしたい。

最後に利益相反の報告をしておく。
文中、サイゼリヤをはじめとしてさまざまな外食産業を賞賛する記載があったが当然のことながらそれらの産業から何らかの利益を得たことはないし、これからも受け取ることはない。
ただし、今後優先的にサイゼリヤの間違い探しの答えをぼくだけにこっそり教えてくれる場合は、別途ご相談に乗りたいと思う。

 

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