病院経営万事研修その2~ホットドッグ・スターの悲劇。

外食産業からさまざまなことを学びたい、という話をしている。
余計なコンフリクトを避けるため、いくつかの土地にまつわる話をする。新宿、ニューブランズウィック州、門真である。
 
ぼくのいる医療業界では「経営」とか「利益」とか「生産性」といった言葉に拒否感を持つ人が少なくない。「医療は儲けのためにあるのではない」というわけで、全く同感だ。
だが一方で、患者さんと健康保険組合と国庫からお金を預かり、家賃や薬品・医療機器の支払いをし事業者として税金を納めて医業を営む以上、ある程度の余裕がなければ継続できないのも事実だ。実際にコロナ禍による経営難で医業をたたむケースも出てきている(ただし他の要因もあるので個別具体には詳細な検討を要す)。
 
外食産業でも、大手チェーンは利益追求、個人店は利益は考えず味にこだわり、というイメージがある。
だが個人店系飲食業の雄である新宿・ベルクの店主、井野朋也氏はこう書いている。
〈商売である以上、利益を出すのが目的です。ただ、実際に商売をする身からすると、利益が出ないと商売が続けられないという方が、実感に近い。
現場の感覚では、目的はむしろ続けることなんですね。〉(『新宿最後の小さなお店 ベルク』ちくま文庫 p.192)
 
地域医療もまた、継続こそ力であり、継続して医療を提供していくためにも適正な利益を出し、新しい医療機器を購入するなどの再投資をしていかなければならない。だからこそぼくは、外食産業からもたくさんのことを学びたいと思うのだ。
 
もちろんそこには落とし穴もある。そんなことを教えてくれるのが、カナダはニューブランズウィック州の老ホットドッグ屋とその息子だ。

「経営」とか「生産性」、さらには「利益」という言葉は万能薬でなく、諸刃の剣(もろはのつるぎ)だ。
 
ダナ・ベス・ワインバーグは、著書『コード・グリーン 利益重視の病院と看護の崩壊劇』(日本看護協会出版会)で、上質の看護文化を持つベス・イスラエル・ディーコネス医療センターにビジネス文化が入ってきたことで、同センターの看護文化が「変容」してしまった悲劇を描いている。「利益追求」の要請により、看護文化が破壊されてしまったのだ。
 
しかしながら先述のように、民間医療機関では適正な利益を出し次の時代への再投資を行わなければならない。
どうバランスをとっていくのか。その答えはカナダのニューブランズウィック州が教えてくれる。
 
〈ある老人がニューブランズウィック州のある都市の郊外の農村地域で、ホットドッグ・スタンドを経営している。その繁盛ぶりといったら!この老人のおいしいホットドッグの噂は数マイル四方に知れわたっている。人びとは老人の全国一のホットドッグを宣伝する大きな広告板にめをとめ、ひとつ試してみようと、その道路わきの食堂に集まってくる。老人は客を戸口の前で出迎え、にこやかな笑顔で、陽気に愛想を言い、「ひとつと言わずに、二つどうです、ほんとうにおいしいから」と勧める。客のほうも、まさに最高の、いままで味わったこともないほど食欲をそそるホットドッグに大喜び。パンは焼きたて、薬味のピクルスは歯ごたえがよく、マスタードの風味は絶妙だし、玉ねぎの煮えぐあいもぴったりで、それを笑顔で差しだすウェイトレスも感じがいい。客は唇を舐め、「ホットドッグがこんなにおいしいとは知らなかった」と言いながら店を出る。老人は彼らを自動車まで送り、手を振って言う。「また来てください。私には商売が必要だし、ここで働いている若者たちは、大学の学費をためているんだから」。客はまたやってくる。群れをなしてやってくる。〉(キングスレイ・ウォード『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』新潮文庫 平成六年 p.72-73)
 
とてもうまく仕事を回しているニューブランズウィック州の老ホットドッグ屋にある日悲劇が訪れる。放蕩息子ならぬ、ハーバード大学で経営学の修士号と経済学の博士号を取った息子が帰還したのだ。
(続く)

 

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