病院経営万事研修その5-「仕組み」と科学とノンファット

〈セントラルキッチンを作り、そこから2つの店に下準備を済ませた食材(半加工品)を運ぶようになって気がついたのは、運搬による質の劣化だ。運搬といっても、ほかの2店は、駅を挟んで反対側の商店街と、隣の駅から歩いてすぐの所にあり、セントラルキッチンがある店から離れていない。それでも、私が考えるベストの状態からは、ほど遠い状態に食材の質が低下してしまう。
 
このときに気がついたのが、セントラルキッチンから各店舗に運搬する間の「温度」と「湿度」、「経過時間」、「振動」の4つが、どれほど食材に良くない影響を与えるかだった。例えば、ピザの生地は、たった15分間の移動で、イースト菌のため膨張し、ピザ生地が入っているケースのフタを押し開けてしまうことさえあった。〉(正垣泰彦『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』日経ビジネス人文庫 2016年 p.190-191)
 
外食産業からたくさんのことを学びたいという話をしている。
成功している外食産業には、科学がある。
 
日々の業務を構成要素に分解し徹底的に観察研究して改善を不断に続け、それを店全体、チェーン全体に普遍化する。
変化に対応し適応し、さらには変化を先取りするものだけが生き残る。
サイゼリヤには業務の研究改善だけをやり続けるエンジニアリング部という部署があるという(村山太一『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか』飛鳥新社2020年 p.130)。
 
私見だが、医療介護看護福祉の分野の業務にはまだまだ改善の余地がある。
「ホットドッグ屋の息子」にならないように気をつけながらも、効率化することにより2025年問題に備えなければならない。
 
〈ただし、勘違いしてはいけないのは、効率が悪かったとしても、問題は「人」にあるのではならない。「作業」にあるのだ。
私に言わせれば、仕事は「作業」の集まり。その作業の中で、時間の掛かるものを短くできないか、無くせないかと考えることが、一番の効率化だ。〉(正垣泰彦『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』p.62)。
 
医療介護看護福祉は非常に属人的で労働集約的な分野だ。ましてや日本は過度の精神論が跋扈する世界。
何かトラブルがあっても「私が頑張らなかったせい」「もっと頑張ります」で済ませてしまい、根本解決につながらないことが、山のようにある。
本来は業務改善につなげなければならない『ヒヤリハットレポート』が、個人への罰として横行している病院は、複数あるだろう。
 
If not,why not.もしうまくいかなかったとしたら、何故なのか。それを繰り返していって、よりよい医療介護看護福祉を練り上げなければならない。
自戒を込めて繰り返す。
〈問題は、「人」にあるのではない。「作業」にあるのだ。〉

失敗の原因は「作業」や「仕組み」に帰せ。
これもまた、医療福祉看護介護業界が外食産業から学ぶべきことかもしれない。

〈ダブルトールラッテを下さい。ミルクはノンファットで」。
「申し訳ありませんが、ノンファットミルクは置いてないんですよ」。バリスターは丁寧な、しかしきっぱりした口調で言った。「うちでは全乳しか使わないもので」。
女性が不満げにため息をつくのが聞こえた。「どうしてノンファットミルクを置かないの。近所の別の店に行ったときは、いつも飲んでいるのよ」。〉(ハワード・シュルツ他『スターバックス成功物語』日経BP社 p.226)
 
世界的カフェチェーンのスターバックスCEOハワード・シュルツの上掲書によれば、スターバックスでは当初ノンファットミルクや低脂肪乳は使わなかったという。
〈「いいかい、コメントカードをよく読んでみたまえ。顧客がノンファットミルクを欲しいと言っているんだ。それに応えて当然じゃないか」。
「いや、絶対にノンファットミルクは使わないよ。スターバックスのやることじゃないからね」。私は自分がこう答えたことを、ハワードを見るたびに思い出す。
当時のスターバックスでは、ノンファットミルクのことを話題にするだけでも裏切りに等しい行為と見られていた。〉(上掲書 p.224。文中の「ハワード」は著書ハワード・シュルツではなく、ハワード・ビーハーのことで、ビーハーは社内改革で〈スターバックスに大旋風を巻き起こした〉(p.208)人物らしい)
 
当時、ノンファットミルクは水っぽいせいでコーヒーの味を落とすと同社では考えられており(同頁)、現場から上がってきたノンファットミルク使用という提案を、はじめはハワード・シュルツも却下したのである。
 
結局、試行錯誤の上、スターバックスはノンファットミルクや低脂肪乳を使用してもコーヒーの味を損なわないやり方を開発し、現在では我々顧客もそうした商品を味わえるようになった。
 
スターバックスの競合の小規模店がやっていたノンファットミルク使用という「個人プレー」を研究発展させ「チームプレー」に持っていった例として、そして不断の自己改革の例として引用した。
上掲書の第15章の標題は「経営者は社員の進取の精神を邪魔するな」、第16章の標題は「成功しているときも自己改革を目指せ」である。
(続く)

 

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