病院経営万事研修その6ー求む、『サイゼリヤのエンジニアリング部が実現するスゴい仕組み大全』(仮題)

〈我々のもう一人の被験者、リコ・メイデンという名の労働者は、仕事の中でこの感情をしばしば経験した。彼はジュリオと同じ工場のベルトコンベアーでジュリオから少し離れたところで働いている。彼の部署の前を通るユニット〔製品の部分になる部品のまとまり〕に彼がしなければならない作業には四三秒かかりー同じ正確な操作を一日に六〇〇回近く行う。ほとんどの人はこのような作業にすぐ退屈してしまうだろう。しかしリコはこの作業を五年以上も続けており、まだその仕事を楽しんでいる。その理由は、彼は自分の仕事に、オリンピック競技者が自分の種目に立ち向かう時と同じ方法で取り組んでいるからである。どれだけ自分の記録を更新できるだろうか。トラックで自分の最高記録を数秒縮めるために数年もトレーニングするランナーのように、リコはベルトコンベアー上の彼の時間を短縮するために自分を訓練してきた。外科医と同じ細心の注意をもって、彼は道具の使い方、働き方について彼自身の手順を考え出した。五年後、彼の一日の平均最高時間は一ユニットにつきニ八秒になった。特別賞与を稼ぐため、また彼の監督者からの尊敬を得るために能力を磨いたという面も一部ある。しかし彼は自分が群を抜いていることを他の者にほとんど話さず、彼の成功は気づかれないでいた。彼はそれができるということが分かるだけで十分なのである。なぜなら最高の動作で働いている時の経験はとても素晴らしく、作業速度を落とすことは彼にとってほとんど苦痛に近かったからである。「こんなに楽しいことはないよ」とリコは言う。「テレビを見ているよりずっと良い」。〉(チクセントミハイ『フロー体験 喜びの現象学』世界思想社 1996年 p.50-51)
 
外食産業から効率化や生産性向上、業務改善のノウハウやスピリットを学ぶべき、という話をずっと書いている。
 
効率化や業務改善はなぜ必要なのかをつらつら考えてみて、仕事をしている人が「フロー」に入れる環境を作るためではないかという答えを得た。
チクセントミハイによれば、「フロー」とは、〈一つの活動に深く没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態、その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをするということのために多くの時間や労力を費やすような状態〉(上掲書p.5)のことである。
 
我々は、仕事のために多くの時間や労力を費やしている。
寝ている時間を除けば、家にいる時間より職場にいる時間のほうが長いし、いいことかどうかはともかく、一日に肉親と交わす会話の量より同僚や仕事相手と交わす会話のほうが多い。
その一日の大半の時間が苦痛に満ちたものならしんどいし、楽しい(英語のfunnyではなくinterestingのほうの楽しい)ものでやりがいのあるものなら嬉しい。
 
仕事が楽しいなんて甘い、仕事はつらくて苦しいものだという人もおられるだろうし、そういう仕事もたくさんあるだろうが、仕事の「コア」な部分はやはり楽しくあって欲しい。むしろ仕事をつらくて苦しくしているのは仕事の「コア」でなく、「コア」に付随する、あえていえば夾雑物なのではないだろうか。
ほらなんか仕事するためにややこしい書類書かないといけなかったりめんどくさい根回ししたりしなきゃいけなかったり。あとで引用しますがレストランでも閉店後に排水回りの後始末が大変だったりとか。
 
そうした夾雑物をスッキリさせて、仕事の「コア」に没頭できるようにして、やってる人が「フロー」に入れるようにするのが効率化の真髄で、「フロー」に入れてこそ生産性も上がるってもんじゃ無いですかねー、よう知らんけど。

〈それに、(サイゼリヤでは)スタッフの負担を減らすために、徹底的に仕組みを考えています。例えば、業務用の厨房では、グリストラップという油脂や残飯、野菜くずなどが下水に流れるのを防ぐ装置を設置しなくてはなりません。この装置の掃除は大変で、僕の店では週3回3時間かかってました。
ところが、サイゼリヤは週1回、9分でできるような掃除の仕方をしています。それどころか、掃除をしなくてもいいグリストラップも開発してしまったのです?3時間も油でギトギトになった装置を掃除するのは、僕だって苦痛でしかありません。皆さんもそうでしょうが、イヤイヤやっている仕事は、さらに生産性が落ちます。ストレスもたまって、皆で掃除を押し付け合う始末です。
それが9分で済むなら、楽勝です。残りの2時間51分は休憩していてもいいし、自分の技を磨くために勉強に使ってもいい。そっちのほうが、幸せじゃないですか?
そして、幸せになったら仕事が楽しくなるから、仕事のスピードも上がる。一人一人の仕事の生産性が上がったら、店の売り上げも上がる。そんな好循環が生まれます。〉(村山太一『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか?』飛鳥新社2020年 p.110-111。冒頭の括弧内は筆者)

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『らーめん才遊記』2巻より。グリストラップの掃除、大変そうです…。
外食産業に学ぶ、という話をずっと書いている。
一番学ぶべきは、個別具体のノウハウよりも、そのスピリットだと思う。
世界中見回しても、日本の外食産業ほど競争が熾烈で、その結果常に発展・進化し続けている分野は数少ないのではないだろうか。
 
漫画『ラーメン発見伝』シリーズを読んだせいが大きいが、30〜40年前のラーメン屋と今のラーメン屋ではまるで別物だ。やっぱり芹沢さんはかっこいいよな。

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この話でも芹沢さんはカッコいい。

そんな生存競争の激しい分野で生き抜いてきた名店たちから学ぶべきものが多いのは当然で、そんな名店たちから少しでも多くのものを吸収したいと思っている。
 
冒頭に出てきたサイゼリヤもその一つで、サイゼリヤには業務改善だけをひたすらにやり続けるエンジニアリング部というのがあるという(上掲書p.130)。ただひたすらに、仕事の仕組みのバージョンアップだけをし続けるのだ。
すごいなと思うのは、「業務改善部」でもなければ「エンジニアリング委員会」でもないということで、サイゼリヤにとって業務改善は「気持ち」とか「気合い」とかではなく「エンジニアリング」であることを示しているし、一時的な「委員会」ではなく恒久的な「部」であるということだ。
 
パーキンソンの法則のごとく仕事はやっていくうちにどんどん肥大化し、「コア」以外の夾雑物も増えていく。おかしなビジネスマナーとか言い出すヤツも出てくるし。
だから仕事が続く限り恒久的に仕組みの見直しをし続け、サイゼリヤの基本理念である「人のため 正しく 仲良く」を実現していく。「気合い」や「気持ち」などというアンカウンタブルでフラジャイルなものではなく、不断のエンジニアリングによって。
検索した中では見つからなかったので、いつかサイゼリヤのエンジニアリング部の仕事をまとめた本、『サイゼリヤのエンジニアリング部が実現するスゴい仕組み大全』(仮題)が出版されることを強く願う。絶対買いますので。
(続く)

 

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