船橋市・新京成線高根木戸駅の近くの中條医院を引き継いで早100日あまり。
最近、待合室に『医療マンガ文庫』を作ってみた。
きっかけは清水茜著『はたらく細胞』(講談社 シリウスコミックス)。なんと、白血球や赤血球、血小板など、体の細胞を擬人化したマンガである。
断っておくが、博士と子ども二人が出てきて「ぼく白血球。ばいきんをやつけるよ」みたいなこども向け学習漫画のノリではない。かといってヌルい「萌えキャラ」化でもない。
超絶技巧、スーパードラマチックな擬人化で、白血球も、単なる白血球ってだけではなく好中球(主役の一人)、好酸球、好塩基球と別々のキャラだし、キラーT細胞やヘルパーT細胞、NK細胞などなど、次から次へと新たなキャラが出てくる。
好中球が主役のマンガなんてみたことないし、NK細胞はナチュラル・ボーン・キラーでかっこいい。
この『はたらく細胞』、現在5巻まで出版されており、なんと累計100万部だそうだ。どうなってるんだ。
単純に考えて、医療関係・看護関係者だけで100万部は売れないだろうから、マンガとして面白いのは明らかだ。
医療マンガのなかには「こんなのありえない」ってマンガも多いが、『はたらく細胞』、関係者が読んでも無理や間違いのない(少ない)設定で、自信を持っておすすめです。
世界にはマンガやアニメ好きの医学生や医療関係者もうなるほどいるから、早く英訳して世界で売れまくることを願うばかりだ。
この清水茜著『はたらく細胞』を多くの人に読んでもらいたい一心で、クリニックの待合室に置いてみた。
そうなるとみんなに読んでもらいたい医療マンガはあれこれあるもので、少しずつ他のマンガも揃え中でございます。
待合室に置くマンガをあえて医療マンガに限定したのはわけがある。
患者さんや患者さんの家族に、ごく簡単でよいので医学知識があるとお互いに「楽」であることがまず第一。
病気の説明をするときに、患者さんサイドが「血小板って、あの出血を止めるやつですよね、なんか赤血球とかよりちっちゃくて、たくさんあるんでしょ?『はたらく細胞』で読みました」くらいの事前情報があるだけで、ぐんと理解が早まるのだ。
第二は、医学情報だけでなく、なんというか医療/医学に対するフィーリングを共有したいというのもある。
ひらのあゆ著『ラディカル・ホスピタル』(芳文社)で描かれる緊張感とほんわかした普段の雰囲気、村上もとか著『JIN-仁』(集英社)で出てきた輸液療法と感染症対策がいかに多くの人の命を救ってきたかという感覚、田中圭一著『うつヌケ』(KADOKAWA)での「うつは心の風邪ではなく、心のガン。対応が必要」「(過度に楽観はできないけど)適切な対応でうつのトンネルを抜けた人たちもいる」という手ごたえなどを共有するには、待合室に置いてあるマンガくらいの温度感がちょうどいいのではないかと思う。
中でも一番患者さんと共有したいのは手塚治虫『ブラック・ジャック』、本間先生の名言、<「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね…」>だ。
生老病死という自然の摂理に無抵抗になるのではない。医学の進歩に助けられ、精いっぱい病や死にあらがうのだが、心の底のどこかに「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいのかもしれない」という畏れみたいなものがないといけないんじゃないかと、ぼくは思っている。
そんなところを、『医療マンガ文庫』を通じて患者さんとシェアしたいのである。
もっともなにごともいいことばかりではない。
「先生も無免許なんですか?」「保険つかえないで、何千万も請求されますか?」なんてことを『ブラック・ジャック』を読んだ患者さんに聞かれるようになった。
先日、とある患者さんが診察室に入ってくるなりぼくのことを見てぼそっとつぶやいた。「……貧弱、貧弱ゥ。そんな体じゃ医者とは言えないね」
待合室に『スーパードクターK』(真船一雄著 講談社)を置いたせいだと思う。
(「もっとも」以下はフィクションです、念のため。あんな筋肉ムキムキでコートの下に大量のメスとかしのばせてたら、完全にテロリストだ、ドクターK)