東京医大の女子一律減点問題で現場の医者がいまいち歯切れが悪い理由。

東京医大で女子受験者が一律減点されていた件で、おおいなる批判がわきあがっている。医者のはしくれとして、「女性は不利」というのは聞いたことがあったが、面接などの選考過程を使ってもっと巧妙にやっているのかと思っていた。

 

で、「女子だからといって差別はおかしい!」という部分はまったく賛成なんだけれど、「学ぶ権利を奪われた!医者として得られたはずの年収を、大学に対し損害賠償すべき!大学を訴える女子受験生がいたら手弁当で支援する」という弁護士さんが出てきたり、「東京医大訴訟を支援する会」を立ち上げるから訴える人は連絡して!という人が出てきたりすると少し違和感を感じてしまう。


この違和感というのは、医学部が職業訓練校という感覚が共有してもらえないこと。
医学生として勉強させてもらうと、「医者として恩返しをする義務」を負うことになる(あわてず次の文まで読んでいただきたい)。
それは税金で学費の一部をどうこうとかってちっぽけな話ではなく(国立大学の卒業生が全員公務員になるわけでもないし)、解剖学実習のためにご遺体を捧げてくれた方や、病棟実習で「いいお医者さんになってね」と自らの難病について話を聞かせてくれ、体を診察させてくれ、手術を見学させてくださった患者さん方への恩返しであり、ほぼ無償に近い状態で医学生を指導してくれた指導医たちへの恩返しであり、連綿と続いてきた病いとの闘いの成果をレガシーとして後進に引き渡してくれた先達への恩返しなのだ。

「医者になるつもりはないけど、教養として医学を学んでみたくって。成績よかったから、当然の権利ですよね」なんて医学生に、誰が病いで苦しむ我が身を晒し、手術を見学させたいと思うだろうか。

 

医療の世界から離れ、研究や法曹やビジネス業界に転身する医療者の多くは、その「恩返し」を完遂できないことで葛藤し悩む(西川史子センセイのことは知らない)。医者から作家になった北杜夫も「自分は医者人生で一人の人は救った自負がある。これで(献体してくれた方への)貸し借りなしである」と書いていた。わざわざ書くくらいだから葛藤したと推測する。

たぶんiPS細胞の山中先生ですら臨床を離れるときに葛藤があったと思う。医療現場から離れた医師と話すと、夜も眠れないくらい「ほんとにこれでいいのか」と悩んだ時期があり、一種の後ろめたさを抱えながら生きている。

 

医学部入学はご褒美でもないし、医学生になると色々背負いこんじゃうんだけど、上記の感覚はぼく自身も含めて受験時には体感できない。入学してから何年もかけてじわじわと体に染み込む感覚なのだ。

あるいは医者になってからも「あの時は救えなかったけど、今ならもっと良い判断・治療ができるはず。あの人を今から救うことはできないけど、せめて次に同じような人が来たら絶対救う。それがせめてもの恩返し、いや、罪滅ぼし」という思いを何度も何度も何度もする。ある外科の教授は「俺はたくさん手術してきて、たくさんの人を救えなかった。地獄に落ちると覚悟している」と言っていた。

そこらへんの現場のニュアンスって伝わらないよなーと思うからこそ、奥歯にもののはさまった言い方になるわけです。

 

東京医大の女子一律減点問題ですぐに頭に浮かんだのは、以前に50代女性が群馬大学医学部を受験して、試験の点数は合格者の平均点を上回っていたんだけど、面接などで落とされた事例。この事例は裁判にもなっている。「年齢を理由に不当に不合格とされ、学ぶ機会を奪われた」ということだったと思う。

このときは、不合格になった女性に同情しつつも、「50代で医学部に入学しても医者になるのは60歳近く。それから医者として働ける年数は限られているので、それであれば他の20代の受験生に医者になる機会を譲るのも致し方ない」、というのが医療界の感覚であったように記憶している。

ただし、そうであれば受験要項に「年齢も加味して審査する」と入れるべきだと思う。

 

男性も女性も働きやすい医療環境を、という主張には全面的に賛同する。

ただ、人間相手の仕事なので、今後も手術によっては24時間を越える手術というのも存在し続ける。こうした長時間手術の場合、中断はできないので、執刀する医師はトイレに行かなくてすむよう数日前から水分摂取を控えたりする。

体力のある女性もいるし、女性であるからといって門前払いされるのはおかしいが、一筋縄ではいかないのがこの問題だ。

実際のバリバリ働いている外科の女性医師の中には、パートナーが実質専業主夫的に家庭をキープしている人もいるし、実家やハウスキーパーさんやベビーシッターさんにめちゃめちゃ助けてもらって仕事と家庭を両立している人もいる(夫=パートナーに「助けてもらっている」という表現はしていないことに留意)。

 

また、欧米の医学部では男女比が云々って話もあるけれど、アメリカは世界中から下働き知的労働者をリクルートできる/してる国だし、イギリスはコモンウェルスや東欧とかから、大陸ヨーロッパも東欧やアフリカ・中東から医療者を引っ張ってきて現場のマンパワーを「補正」できる/している国ってことは、誰かデータくつけて指摘してほしい。
以前出会ったイギリスの老GPは「最近のイギリスの医者は英語が通じなくて」と嘆いていた(ただしn=1)。
西原理恵子のマンガで、フランス人に「植民地のアガリをピンはねしてカフェオレでシルブプレとか言いやがって」と暴言を吐くシーンがあったが、一面の真理だよなあ。
いいところはマネすべきだけど、それぞれの国には事情があると心得て話聞くべきだなあということなんだろう。

 

というわけで今回の東京医大の話、ぼく自身の落とし所は、陰で一律減点などしないで、せめて「究極的には男女完全平等を目指すべきだが、本学の教育キャパシティと医療現場の諸条件を鑑み、本年度は男子〇〇名女子〇〇名を募集する。それでよければぜひ受験してほしい」と前もって明示してほしいというところです。