偉大な人物が勇気を与えてくれるように、偉大な地域もまた、ぼくたちに勇気を与えてくれる。
徳島県旧海部町は、全国で最も自殺率の低い町だ。
この町の自殺率の低さを調査した岡檀氏の著書『生き心地の良い町』(講談社 2013年)によれば、その秘訣は5つあるという。
岡氏によれば、この町の自殺予防因子は
①いろんな人がいてもよい、いろんな人がいたほうがよい
②人物本位主義をつらぬく
③どうせ自分なんて、と考えない
④「病」は市に出せ
⑤ゆるやかにつながる
という気風による。
①は、多様性に富む地域のほうが生きやすいということを示唆する。リチャード・フロリダも『クリエイティブ都市論』でLGBTが多い都市=多様性を認める都市ほど住民の所得が高い=多様性を認める地域ほど生産性が高い、という話をしていた。
②は、肩書きや社会的立場、年齢などの属性で人を判断するのではなく、その人自身の性格や能力をみて評価する、ということ。
③は、自己効力感の話。
最も感動したのが④。海部町では、悩みごとや困りごとなどは早めに周りに相談する気風があり、それを称して<「病(やまい)」は市(いち)に出せ>というのだそうだ。
早めにまわりに相談すれば、周りの人たちが寄ってたかって良い案を出してくれ、問題が小さいうちに解決に向かうという。
⑤は、「弱い紐帯」の話。
岡氏の『生き心地の良い町』を読んで、いつの日か(旧)海部町へ行って見たいと思った。こんな町があるんなら、日本もいいなーと思ったりした。
それにしても「病、市に出せ」は良い言葉だ。
日本人はとかく「まわりに迷惑をかけたくない」という。
ぼくは認知症の診療にふだん従事しているが、認知症の話になるとみな異口同音に「こどもに迷惑をかけたくないから認知症になりたくない」「認知症になってまわりに迷惑をかけたくない」という(これに対し、アメリカ人は「自分が自分でなくなるから認知症になりたくない」というのだと大井玄『「痴呆老人」はなにをみているか』新潮新書にある)。
「迷惑をかけたくない」という姿勢のデメリットは、ひとりで問題を抱え込んでこじらせてしまうことだ。
だが、「自立と孤立は違う」。
人に頼りたくないといって誰の手も借りず、その結果、問題をこじらせるのが孤立。頼るべきは頼り、余力があるときにはその代わりだれかを助けることが自立だ。
頼って頼られて成立するのが人間社会で、早めにまわりに相談することは問題の早期解決につながる(ことも多い)。
だからこそ「病、市に出せ」と海部町の人々は言うのだろう。
行ってみたい場所が、また増えた。
(FB2018年2月18日を加筆再掲)