今ものすごく気になっていることがあって、それは2018年のゴディバのチョコの売り上げである。
「日本は、義理チョコをやめよう」という広告が日経新聞に出たのは2018年2月1日。
<もちろん本命はあっていいけど、義理チョコはなくていい、
いや、この時代、ないほうがいい(略)>と説くこの広告はおおいに話題になった。なにしろこの広告を出したのは、自ら高級チョコレートを売るゴディバジャパンだったのだ(①)。
日本で本格的なバレンタインビジネスがはじまったのは1958年2月、新宿の伊勢丹でのこと。このときは手書きで「バレンタインセール」と書かれた看板が出て、3日間で30円の板チョコが5枚だけ売れたという(②)。
それからまたたく間にバレンタインビジネスは成長して、今では1年間のチョコレートの4分の1をバレンタインシーズンだけで売り尽くすまでになった(③)。
急成長は時にゆがみを伴う。
義理チョコのことを考えると憂鬱で、バレンタインデーが休日だったらほっとする、なんて女性も少なくない。
そんな女性の心をとらえたのが、冒頭のゴディバの広告だったのだ。
この「義理チョコやめよう」広告を見てまっさきに思い出したのが2011年のパタゴニア「このジャケットを買わないでください」広告だ(④)。
2011年11月25日、パタゴニアは自社のジャケットの写真とともに「Don't Buy This Jacket-このジャケットを買わないでください」と書かれた広告を、ニューヨーク・タイムズに載せた。よりにもよって、感謝祭明けでクリスマスシーズン入りする、いわゆる「ブラックフライデー」の時期に。
通常ならアメリカでは「ブラックフライデー」の時期には、うちの商品を買いましょう!的な広告が乱れ飛ぶ。
パタゴニアがこの広告を出した理由はこうだ。
1着のジャケットを作るのには多大なる環境負荷がかかる。ブラックフライデーだからといって安易に購入を薦めるのは、『環境を改善するための仕事』をしているパタゴニアのポリシーに反する、というわけだ。
このパタゴニアの広告は強烈な異彩を放った。
残念ながら2011年はぼくが日本に住んでいた時期なので、同時期に他社がどのような広告を出していたかはわからない。もっとも、生まれてこのかた日本以外に住んだことはないが。
広告のメッセージとともに重要なのは次の点、すなわち
<(略)キャンペーンの二年後のパタゴニアの売り上げが四〇パーセント跳ね上がったことだ。>(⑤)
消費をあおるブラックフライデーの時期に、消費を控えましょうというパタゴニアの広告は、アメリカ人、特にニューヨーク・タイムズを読むようなアメリカ人の心をとらえた。ありとあらゆるメディアが、この広告を話題にした。
その結果、パタゴニアのブランドイメージは上がり、売上増に結びついたのだ。
この構図は、今回のゴディバの広告をめぐる日本のマスコミの取り上げ方によく似ている。と、いうことは、ゴディバの二年後の売り上げがどうなるか興味を持たないわけにはいかないではないか。
今回のゴディバの広告で巧みなのは、出稿先である。
義理チョコを買う側のOLさんが読むであろうファッション雑誌(←偏見だが)ではなく、義理チョコを受け取る側の会社のおエライさんが読む日経新聞に広告を出したというのがニクい。
もし「義理チョコをやめよう」広告が日本人の琴線に触れなければ、話題にならずに終わり、チョコの売り上げには影響しない。
しかし、会社のおエライさんが「義理チョコをやめよう」広告を見て印象づけられたとするとどうなるか。
「ゴディバという会社は面白い。ぜひ取引を」と思うかもしれない。
あるいは、部下の女性職員から義理チョコを渡されれば「ゴディバじゃないの?ってことは義理チョコ(笑)?今度はゴディバにしてよ」となったり、「お、ゴディバだね。あそこは『義理チョコやめよう』キャンペーンやってたね。と、いうことは本命チョコ…ぐふふ」となったりする。リア充ほろびろ。
ゴディバの広告に呼応して、「一目で義理とわかるチョコ」ことブラックサンダーが声明を発表したりして(⑥)、2018年のバレンタイン商戦は大変面白かった。
蛇足だが、義理チョコに助けられた男の話も書いておく。
とある冬、人生で過去何度目かにズタボロになったぼくは、義理チョコに救われた。
世の中のおよそ9割が自分のことを白い眼で見ているようなつらい時期に、あるひとから予想外にもらった義理チョコがその日のぼくの天使だった。世界中が自分にNoを突き付けている中で、その義理チョコこそが天井に書かれた小さなYesだったのだ。
真っ暗闇で差し出された義理チョコをもらったとき、ぼくはどこまでもついて行きます、そんな気持ちになったのを覚えている。
たぶん前世は桃太郎に出てくる犬かサルだったんだと思う。
参考サイト等
①
③総務省統計局「チョコレートへの支出」
http://www.stat.go.jp/data/kakei/tsushin/pdf/24_2.pdf
④
⑤ベン・パー著『アテンションATTENTION 「注目」で人を動かす7つの新戦略』2016年 飛鳥新社 p.109
⑥