厚労省「人生会議」ポスターはなぜ炎上したのか考

<癌の末期患者に関するシンポジウムかなにかだったと思うが、国立がんセンターのH教授が発言した言葉だけを覚えている。
 ある末期患者が「がんばって」と言われる度に苦痛の表情をしているのに気づき、痛み止めの注射をした後「私も後から旅立ちますから」と言ったら、その患者は初めてにっこり笑って、その後顔相まで変わったという話であった。>(青木新門『納棺夫日記 増補改訂版』文春文庫1996年 p.65)

 

2019年11月、厚生労働省の作ったポスター「人生会議」が「炎上」した。
<「人生会議」とは、もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組のことです。>(厚生労働省サイト「人生会議」してみませんか より)

 

冒頭の「人生会議」のポスターがなぜ「炎上」したかは一考に値する。
「死」について考え、発言することが現代日本社会においてもタブーである、というのがまず想定される第一の仮説である。

 

しかしながらこの仮説だけでは今回の「炎上」をすべて説明することはできない。
2016年、樹木希林のポスターの件があるからだ。

 

2016年1月、宝島社は、名画「オフィーリア」を模して水面に浮かぶ樹木希林の横に「死ぬときぐらい好きにさせてよ」という文字を入れた企業広告を発表した。
正月早々の時期の「死」をテーマにしたこの広告は、「炎上」することなくむしろ人々の心を動かして絶賛された。

 

今回の厚生労働省「人生会議」と、宝島社のポスターの差はなにか。
それこそが当事者性の有無ではないかと思う。

 

我もまた死にゆく者なり。
すべての人間がmortalな存在であり、現世では時に対立し時に忌み嫌う人間同士も、究極的には先に逝く者と後に逝く者という差しかないという感覚が作り手側にあるかどうかが、少なくともその感覚を作り手側がもっていると受け手側に感じさせられたかどうかが、炎上と絶賛の分かれ目だったのではないかと思う。

 

メメント・モリ。
栄華を極める古代ローマで、賢人たちはそう言った。
いつの日か訪れる死を忘れるな。

 

メメント・モリモト。
ラグビーワールドカップで沸く2019年日本で、森元総理はそう言った。
ワールドカップ招致に奔走した元総理を忘れるなという意味だと思うが、もちろん嘘である。

 

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