慢性期の診療に従事していると、常に湧き上がってくる疑問がある。
それは、
私たちはベストの治療・ケアができているのか
というものだ。
正しいと思って診断し、良かれと思って治療する。
だがしかし、今自分がやっている治療・ケアは本当にベストなのだろうか?
そう思うからこそ日々勉強なのだが、ベストな治療・ケアを提供するために、ベストでない治療・ケアを把握しておくことは役に立つ。
ベストでない治療・ケアを知ることで、相対的にベストな治療・ケアにたどり着く可能性が高くなるからだ。
私見だが、ベストでない治療・ケアとは3つに分けられる。
①間違っている
②多すぎる
③少なすぎる
以下、それぞれについて述べる。
ベストでない治療・ケア ①間違っている
そもそも診断自体が間違っている場合。
たとえば一言で認知症といっても、数多くの原因がある。
病気として数が多いのはアルツハイマー型認知症だが、たとえば特発性正常圧水頭症という病気でも認知機能の低下が起きる。こうした別の原因の病気に対し、間違った判断のまま投薬を行えば、当然ながら改善しない。
一番多いのはアルツハイマー型認知症だから、と深く考えずにいると病気を見逃してしまう。
ベストでない治療・ケア ②多すぎる
高齢者では薬剤の副作用に通常よりも多くの注意を要する。
内科のクリニックで降圧剤など数種類、胃腸科で胃腸の薬数種類、整形外科で痛みどめなど数種類などなど、複数の医療機関にかかっていると知らず知らずのうちに(知らず知らずのうちではいけないのだが)薬の数が多くなりすぎる。
一つひとつの薬は妥当なものであっても、5~6種類以上になるとふらつきなどの副作用の危険性がぐんと上がる。
とある認知症専門クリニックで治療されていた患者さんは、ぼくのところに紹介された時点で10数種類以上の薬を投薬されていた。
患者さんと相談しながら慎重に薬を整理していったところ、認知機能は明らかに改善した。
多すぎる薬もまた、有害なのである。
ベストでない治療・ケア ③少なすぎる
なにごとにも適量というものがある。
例えばパーキンソン病では、病気の進行にともなって適度に薬を増やしていくことが必要なのだが、ベストでない治療の場合にはその薬の量が十分でなかったりする。
何年にもわたって少なすぎる量の薬のみを投薬されていたためにパーキンソン病の症状コントロールが悪くなっていた人が、これまた慎重に抗パーキンソン病薬を増量していったところ寝たきりだったのが歩けるようになった、などという例は決して少なくない。
少なすぎる治療もまた、ベストではない。
どうしたらベストの治療・ケアができるのか
ではどうしたら、私たちはベストの治療・ケアができるのであろうか。
救急医療、急性期治療と慢性期治療では状況が異なるので、以下は慢性期治療を念頭に述べる。
IT業界ではリーナスの法則というのがあるという。
リーナスの法則とは、『十分な目玉があれば、すべてのバグは洗い出される/Given enough eyeballs, all bugs are shallow』(エリック・スティーブン・レイモンド『伽藍とバザール』光芒社 平成11年 p.8など)というものだ。
ぼくのような非IT業界のものからすると、一人の超天才プログラマーが夢のようなコードを書き上げて世界を変える、というフィクションを信じてしまいがちだが、実際には状況はやや異なるようだ。
一人の超天才プログラマーではなく、優れた幾人ものプログラマーが知恵を出し合ったほうがうまくいくのだという。
慢性期医療においても、主治医の独りよがりではなく、看護師や理学療法士などの医療職、患者さん本人や家族などが「十分な目玉」を持ち寄って治療・ケアを絶え間なく見直すことがベストの治療・ケアをもたらす(と思うんですけどね)。
チーム医療のスピリットっていうのはそういうものだ。
救急医療、急性期医療もまたチーム医療だが、時間という制約下において主治医たちのよりパワフルなリーダーシップが要求されるように思う。
では、どうしたら優れたチーム医療ができるのか
ではいったい、どうしたら優れたチーム医療ができるのか。
同じくIT業界から知恵を借りてくる。優れたチームのキモは、ハート。ただしHeartではなく「HRT」だ。
HRTは謙虚(Humility)、尊敬(Respect)、信頼(Trust)の頭文字である。
<謙虚(Humility)
世界の中心は君ではない。君は全知全能ではないし、絶対に正しいわけでもない。常に自分を改善していこう。
尊敬(Respect)
一緒に働く人のことを心から思いやろう。相手を1人の人間として扱い、その能力や功績を高く評価しよう。
信頼(Trust)
自分以外の人は有能であり、正しいことをすると信じよう。そうすれば、仕事を任せることができる。>
(Brian W.Fitzpatrick他『Team Geek Googleのギークたちはいかにしてチームを作るのか』オライリー・ジャパン 2013年 p.15)
医者同士や医療職同士、患者さんと医療職の間に、相互に謙虚・尊敬・信頼の精神がなければ優れたチーム医療はできない。
医療技術や知識のブラッシュアップは絶対的に必要なものだが、その根底に謙虚・尊敬・信頼がなければ砂上の楼閣、天空の城だ。
すべての患者さんにベストの治療・ケアがもたらされることを切に祈る。
(2018年5月11日 船橋南部在宅医療研究会での講演をもとに執筆)