右か左か、それが問題だ。

起こってはならないことは、往々にして起こる。


日本医療機能評価機構「医療事故情報収集等事業 医療安全情報 No.128 2017年7月」によれば、2010年12月から2017年5月の期間に、「手術部位の左右の取り違え」の事例は26件報告されている。
「1件の重大事故の背後には、重大事故に至らなかった29件の事故が隠れており、さらにその背後には事故寸前だった300件の異常が隠れている」というハインリッヒの法則が真実ならば、医療現場では26件の左右取り違え事例の陰に、8000件近くの左右取り違え異常が起こっていることになる。

 

左右取り違え異常の多くは、事故になる前にきちんと誰かに気づかれているわけだが、そうした左右取り違えが起こる原因の一つに、「右」という漢字と「左」という漢字が似ていることがある。特に字の汚いカルテなどだと(もちろん起こってはならないことだが)、走り書きされた「右」と「左」を読み間違えるということが起こり得る。
そうしたことが起こるリスクを減らすために、日ペンがあり、実際にペン字検定一級合格者の4割は日ペン出身者であるのは周知の事実だ。
ただ残念ながら、日本中の医療者全員に日ペンを習わせるわけにはいかない。日本には医者だけでも30万人以上いるし、それだけの人数の答案を採点するだけでも大変だ。それこそベネッセに頼まなければならないが、今は時期が悪い。
このため左右取り違え事例を減らすために医療者全員に日ペンを習わせるという初号案は却下される。

 

ではどうするか、といえば答えはシンプルで、「右」「左」を「みぎ」「ひだり」とひらがな表記にするのである。
汚い字だと紛らわしい「右」「左」も、「みぎ」「ひだり」とひらがなで表記すれば、字数も違うし、書き間違え読み間違えリスクが大幅に減る。

この手法を知ってから、ぼくはカルテも紹介状も「みぎ」「ひだり」表記にしている。
紹介状に、「みぎ肩の痛みがある方です」とか「ひだり腎に結石がみられました」とか書いてほかのドクターへ紹介している。
日本語文としては違和感のある字面だが、左右取り違えリスクを少しでも減らすためには喜んでこの表記を続けたい。
紹介状を受け取った漢字検定一級のドクターに、〈「右」も「左」も知らないヤツ〉と思われているかもしれないが。

 

蛇足
英語圏で左右取り違え事例が起こったときには、テンパった医者が「Which is the right side?!Right or Left?」とか叫んで、助手が「Left is right,Sir」とか言って混乱に拍車をかけたりしているのだろうか。
また、フランス語だとまっすぐは「(tout)droit」で右も「droit」、スペイン語ではまっすぐは「(todo)derecho」で右は「derecha」でnon nativeにとっては紛らわしいけど、その紛らわしさによる取り違え事故とかあるのだろうか。
詳しくかた、教えてください。

 

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