文化の潮目~アゲアゲ・ポジティブ・アッパー文化はいつ始まったのか考

 

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「no one is happy all the time. And that’s OK/いつもハッピーな人なんていやしない。そして、それでいいんだ」
2019年にバーガーキングが打った広告のことを知ってから、ふわっとしたとりとめのないことを考えている。
いったいどこで潮目が変わったのだろうか、と。

 

印象論で書く。
ぼくらが今所属している文化は、「常にハッピーであれ」「常に自分らしくあれ」「常に成長せよ」というメッセージを所属メンバーに送り続けている。
所属メンバー同士もまた、テレビやSNSを通じて互いにその同調圧力を強めている。
先日、はてなブログで精神科医の「シロクマ先生」も「ヒカキンを眺めていたら軽躁だらけの社会が恐くなった」という文章を上げておられた。

p-shirokuma.hatenadiary.com

本来なら言葉の定義をクリアにして論じなければならないが、そこは端折る。
で、「常にハッピーであれ」「常に自分らしくあれ」みたいなアゲアゲ・ポジティブ・アッパー文化はどこから始まったのだろう?
多くの人は、そして僕も、「アメリカの影響じゃないの?ほら彼ら、ハンバーガー食ってコーラやバドワイザー呑んで、ビーチでウェーイとかやってそうだし」と言うだろう。
だが興味深いことに、アメリカも昔っからそうだったわけではなさそうだ。ピルグリム・ファーザーズもウェイウェイしてなさそうだし。

 

〈私は最近よく考えることがある。人間の美徳には大きく分けて二つの種類があるのではないかということだ。一つは履歴書向きの美徳、もう一つは追悼文向きの美徳。〉
そんな書き出しが美しい本、デイヴィッド・ブルックス『あなたの人生の意味』(早川書房 2018年)に、こんな一節がある。
1945年8月15日、アメリカが日本を打ち破った日のラジオ放送の話だ。


〈(略)その番組が何より印象的なのは、出演者の豪華さより、彼らの誰もが控えめで謙虚だということだ。アメリカを含む連合国は、ちょうどその日、歴史上でも最も気高いとされる軍事的勝利を収めたばかりだった。だが、ことさらに胸を張ったり、大げさに喜びを表現したりする言葉は聞かれない。戦いに勝利したからといって、誰もそれを記念して凱旋門を建てようなどとは考えないのだ。
「ようやくこれで戦争も終わったようですが」ホスト役のビング・クロスビーがそう言って口火を切る。「だからといって、我々には特に何も言うことはないと思いませんか。すべてを放り出してお祝いするという気分でもないし、普段の休日と何ら違いはないと思いますね。できるのは、ともかく戦争が終わったことを神に感謝するくらいでしょう」メゾ・ソプラノ歌手のリーゼ・スティーヴンスは、厳粛な調子で「アヴェ・マリア」を歌い、ビング・クロスビーも歌で作られた雰囲気を壊すことなく、「今日、私たちが皆、心の底から『謙虚であらねば』と思っているのは間違いのないところです」と話した。〉

 

終戦記念日(彼らにとっては対日勝利記念日)のラジオ放送で、アメリカ人、ウェイウェイしてないのだ。
てっきり「憎っくきJ××を打ち破ってやったぜ!エブリバディ、今日はパーティだ!ウェーイ、ゴッド・ブレス・アメリカ!お送りする曲は、チャック・ベリーで『ジョニー・B.グッド』!ラジオの前のみんな、ボリュームはマックス、アーンド、ステイ・チューン!」とかやってると思った(偏見。『ジョニー・B.グッド』は1958年発表だから時代もあってないし)。

(続く)


Chuck Berry - Johnny B. Goode live

 

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  • 作者:髙橋 宏和
  • 出版社/メーカー: 世界文化社
  • 発売日: 2015/11/06
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