色川武大『9勝6敗』戦略考(その9)

夏休み明けに「9勝6敗」戦略の話。この話の中で最も「目からウロコ」だったところです。

 

さて、すでに見たとおり、賭場というのは勝ち逃げを許さぬ場所である。そんな勝ち逃げを許さぬ賭場で、博徒はいかにして勝ち逃げるのか。先に掲げた安倍譲二氏の書いたものを読んでから長年のナゾであったが、色川氏が教えてくれた。

 

普通の素人(色川氏の言葉では、『旦那衆』)も、もちろん運や実力で勝つことはある。だが、勝った時に、すっと立ち去ることができない。
素人とはいっても賭場に出入りするくらいだから、ギャンブルに「波」があり「引き揚げ時」があるのはよくわかっている。しかし、旦那衆は、立ち去るべきときに、立てない。

 

〈ここですっと帰れば、情がわるくなる。レギュラーである以上、憎まれては損だから、もう十五分か三十分、居坐って張り流して、当夜の勝ちの中から少し場に還元し、情がわるくならないようにして帰っていく。〉(色川武大『うらおもて人生録』p.110)
勝ち逃げすると、場の「空気」が悪くなるから少し勝ちを還元して帰るわけだ。

 

しかし、と色川氏は書く。
〈プロはそうじゃない。立つべきところで、きちっと立つよ。しかも情がわるくなく、だ。〉(同頁)

 

どうやるか。
〈その晩、調子がよくて勝ちはじめると、どのくらいの時間に勝ちのピークがやってくるか、すばやく読むね。それで必ず立ちどきがやってくると思ったら、その数時間も前から、立ちどきにぴったり立てるように、言動を工夫し、場の空気を巻きこんでいく。〉(同頁)

 

さらっと〈立ちどきにぴったり立てるように、言動を工夫〉と書いているが、その工夫がすごいのだ。
引用を続ける。

 

〈一例をあげようか。
たとえば金額で枠をつけていくね。
「ー今夜の俺の目標は百万円」
と、まァいいはじめるとする。
「百万勝ったら仕上がるよ。俺を立たせたくなかったら、百万、勝たせないこと」
なんて。徐々に勝ちが溜まっていって、ピークに近づくと、そのカーブが急激になる。
「さァ仕上がるぞ、仕上がるぞ」
連呼しはじめて、
「さァもう少しだ」
間断なく、百万、百万、と連呼し、
「ほうら、百万、仕上がりました」
両手を突いておどけて頭をさげ、さらにちょっときびしい表情になって、
「わるいことしました。洗わせてもらいます」
旦那衆はしようがなくて、わっはっは、と笑うほかはない。〉(前掲書p.110-111)

 

ヤボを承知で分析すると、上記の所作の学ぶべきところは下記のごとくである。
すなわち、
・自分の勝ちピークの見極め
・そこから逆算しての、言動のコントロール
・勝ち目標額の開示及び連呼による、場の空気の支配
・詳しく書く。自ら宣言することによって、ゲームのルールを変える。勝つか負けるかではなく、その晩そいつに百万勝たせるか勝たせないかにルールがシフトする。勝ち逃げさせない、から百万勝ったら上がってよい、というふうに暗黙のルールをチェンジさせる。
・勝った瞬間に〈おどけ〉ることで愛嬌を見せて憎まれない状況を作り、次の瞬間〈きびしい表情〉を作ることで追撃を阻止する。

 

なお、この際の〈きびしい表情〉については、各自でロシア大統領プーチン氏の顔を思い浮かべていただきたい。

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(続く)

 

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