腹が立ったときに見習いたいのは山崎豊子とスウィフト。

腹が立った時に見習いたい人が2人いる。山崎豊子氏とスウィフトだ。
都市伝説の類いかもしれないが、医療小説『白い巨塔』が書かれたきっかけをご存知だろうか。一説には、これは山崎豊子氏の体験をもとに書かれたという。
山崎豊子氏がある時大学病院を受診した。何時間も何時間も待たされた挙句、ようやく診察室に呼ばれて入ってみると出てきたのは研修医、当時でいうところのインターン。
山崎氏の切々とした体の不調の話を聞き、一通り診察したドクター・インターン氏はため息一つついてこう言った。
「ここはあなたのような人が来るところじゃありませんよ」
その時のインターン氏の、人を小馬鹿にした態度に怒り心頭となり、山崎氏は『白い巨塔』を思いついたという。
この小生意気なインターンを小説の中でけちょんけちょんにやつけてやろう、そのためにはどんな登場人物を配置したらよいか、と山崎氏が頭を巡らせたかどうかはしらないが、もしそうなら完全に私怨じゃねえか。
まあよくある“よく出来た作り話”なのかもしれないが、そんなふうに私怨を創作物に、怒りを光に昇華したとしたら素晴らしい。
もし当時SNSとかあったら「大学病院なう。超待たされて激おこ😡」とか書き込んで炎上していたかもしれないし、掲示板全盛期なら「昨日、近所の大学病院行ったんです。大学病院。
そしたらなんか人がいっぱいで座れないんです。
で、よく見たら垂れ幕下がってて、本日教授外来、とか書いてあるんです。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、教授外来如きで普段来てない大学病院来てんじゃねーよ、ボケが。(略)」とか書き込んで「本人乙」とか言われてたかもしれない。ぬるぽ。
あ、吉野家コピペが楽しすぎてスウィフトの話まで行かなかった。
気を取り直して。

腹が立ったときに見習いたいもう一人の人として、ジョナサン・スウィフトがいる。ダブリンに生まれたスウィフトは、『ガリバー旅行記』の作者として知られる。
ご存知のように、このスウィフトもまた、かなりの変わり者、ひねくれ者だった。
 
スウィフトはもともとイングランド人で、祖父の代でやむなくアイルランドに移り住んだ。アイルランドに対するイングランドの仕打ちに腹を立てたスウィフトは、さまざまな“怪文書”を発表する。
有名なのは「絶対に読まないほうが良い」文章の一つ、『慎ましき提案』(『召使心得』平凡社ライブラリー 2015年 p.123-140)。
読むと確実に気分悪くなるので絶対に読まないほうがよいが、どのくらい読まないほうがよいかは読めばわかります。
 
中野好夫『スウィフト考』(岩波新書1969年)によれば、スウィフトは特別アイルランドのことが好きではなかったらしい。だが、イングランドの圧政を風刺と皮肉とあてこすりで糾弾したスウィフトは、アイルランド愛国者として名を知られている。
 
腹が立ったときにストレートに怒りを表明するのは大事だが、ひねりにひねって世に問いかけるというスウィフトの手法は、ちょっとマネしたいものだ。
〈(略)「怒りの声は空しくて/いたずらに耳を聾するばかりだが/ちくりちくりのからかいには/さすがの悪党も無視できず」(略)〉(『スウィフト考』p.207。スウィフト自身が歌った言葉)