渋沢栄一氏の新紙幣に思う。

新紙幣が渋沢栄一になる意味を考えている。集団意識というか国家意志というかそんな漠然としたもの。
経済大国から凋落しつつある今、再び「国の富」を作り出せ、ということか。
渋沢氏のような人を人為的に育てることが出来るかはわからない。
だが渋沢氏のような人を潰さないことはできるのではないか。
 
さて、日本の紙幣が新しいデザインになるのは2024年だ。
この紙幣の話で最近感じているのが、紙幣と「国家意志」だ。
 
紙幣はその国のシンボルの一つだ。グリーンパワーといえばドル紙幣を示すように、紙幣はその国家の象徴の一つでもある。
どのような紙幣を作るかが「国家意志」のあらわれだとすると、新紙幣に渋沢栄一氏が選ばれたことは何を意味するのか、ということを考えている。
 
世界第二位の経済大国、という自己イメージでやってきた日本が、残念ながら経済的に先行き不安な状態となり、そこをブレイクスルーしたいという国家意志が渋沢栄一を新紙幣にしたのではないかというのが今の仮説である。
 
もちろん新紙幣の人物を誰にするかは何人かの専門家が決めたのだろう。だが、その専門家たちもまた、市井の我々と同じく意識的・無意識的に「時代の気分」の影響を受けているはずだ。誰もが「時代の気分」からは逃れられない。
 
渋沢栄一は無数の産業を興した人であるとともに、メタモルフォーゼの人でもある。倒幕の志士から幕臣となり、さらに新政府で働いてさらには「民」の人となった。そうした「進化」の姿もまた、「時代の気分」に合うのだろう。
 
渋沢栄一氏をシンボルとした新紙幣が、どのような世の中を作っていくのか非常に興味深い。世の中の移り変わりを注意深く観察するため、まずは新紙幣をしっかり研究していきたい。サンプル数は出来るだけ多いほうがよいから、関係者は極力たくさんの新紙幣を、ぼくのほうに送ってくれるよう深く要請したい。