なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか~複雑な世界を理解するときの落とし穴(2)

複雑なこの世界は、今日もまた複雑化を加速させる。
 
〈南カリフォルニア大学の研究者によると、一九八六年の人は一日平均、新聞約四〇部に相当する情報にさらされていた。それが二〇〇六年には、四倍以上の一七四部相当になった。まいにち誰かが玄関ドアのまえに新聞を一七四部置いていくことを想像してみてほしい。〉(ベン・パー『アテンション』飛鳥新社 2016年 p.9)
現在2021年にはさらに何倍もの情報量に、ぼくらはさらされている。
 
そうした情報の大洪水のなかでぼくらに届く情報には3つのSの加工が施されている。
すなわち「サプライズ 驚き」、「シグニフィカンス 重要性」、そして「シンプリシティ 単純さ」である(上掲書第4章『破壊トリガー』)。
複雑な世界の中で、驚きと重要性と単純さをまとった情報やモノやコト、さらには人には、莫大なニーズがある。これらは先日論じた「人間ドラマ」、「陰謀論」、「ドグマ」、「イデオロギー」にも見事に当てはまる。
 
そんなことはない、自分は単純なことは嫌いだ、複雑なことを手間暇かけて理解したいし、単純なものになんか魅力を感じない、という人もいるだろうし、ぼくもその一人でありたいと思うが、悲しいかなそんなことを書くぼくの手にはしっかりとiPhoneが握られている。
あれだけたくさんのボタンのついたガラケーやBlackBerryを捨て、人はほとんどボタンのない、モノリスめいたこの単純なインターフェイスを選んだ。
単純なものは、売れるのだ。
 
「あんな単純なウソに、なんで騙されるんだろう」。
コロナやワクチンがらみのウソやデマに絡みとられた人を見て、まわりの人は呆れる。
だが、複雑な世界の複雑な病気や複雑な治療を前にして、「驚き」「重要性」「単純さ」の加工を施されたウソやデマや陰謀論に人は心惹かれる。
そして同じワナに、分野が違えばぼくやあなたや彼や彼女も、引っかかる可能性が高いのである。
 
この複雑な世界で何かを理解しようとすると、途端に怪しげな情報が押し寄せる。
3つのS、すなわちシグニフィカンス/重要性、サプライズ/驚き、シンプリシティー/単純さの加工を施されたそれらの情報の中には陰謀論やおかしなドグマやイデオロギーも豊富に含まれていて、ぼくらはそうしたものに取り込まれないようにしないといけない。
 
複雑な世界を理解しようとしたときに陰謀論やおかしなドグマ、イデオロギーに頼ることやフェイクニュースにハマることがあると指摘したのはユヴァル・ノア・ハラリだ。ハラリ自身は対策としてこう書く。
〈第一に、信頼できる情報が欲しければ、たっぷりお金をかけることだ。〉
身も蓋もないが、彼はこうも書く。
〈ある怪しげな億万長者が、次のような取引をあなたに持ちかけたとしよう。「毎月三〇ドル払いますから、その代わり、毎日一時間、あなたを洗脳して、私の望みどおりの政治的偏見や商品に関する偏見をあなたの頭にインストールさせてください」。あなたは、その取引に同意するだろうか?正気の人なら、まず同意しないだろう。だから、その怪しげな億万長者は、少しばかり違う取引を提案する。「毎日一時間、洗脳させてください。このサービスは無料で提供します」。すると今度は、突然この取引は何億もの人に魅力的に聞こえるらしい。そんな人々に倣ってはいけない。〉(『21Lessons』p.315-316)
 
ネットには無数の無料の情報が溢れている。
現在それらは社会的インフラとして誰もが利用しているが、それらの中にはハラリのいう広義の“洗脳”目的のものもある。身銭を切ることは大事だ。
〈たっぷりお金を払う〉ことで手に入る情報が全て有用とは限らないが、有用な情報の多くはなんらかの対価を要求する。
ネットの情報を見るときは、時々“書き手がこの情報を提供することで、誰が得をするのだろう”と立ち止まって考えることも必要である。