週刊現代特集『ダマされるな!医者に出されても飲み続けてはいけない薬』と死の宝くじ

私たちはみな、生まれたときから「死の宝くじ」を持っている。

「死の宝くじ」の「アタリ」は、心筋梗塞であったり、がんであったり、脳梗塞であったり。

いつ当たるのか、誰が当たるのかは分からない。だがしかし、いつかは誰かが必ず当たるし、当たる確率もだいたい分かっている。

 

国立がん研究センターの予防研究グループは今年、15672人を平均16年間追跡調査し、生活習慣や健診データと心筋梗塞脳梗塞の発症しやすさの関連についての研究を発表した(1)。

この研究を活かし、ある人(40歳から69歳まで限定)がこれから10年間にどれくらいの確率で心筋梗塞脳梗塞になる可能性があるか、どれくらい自分の「死の宝くじ」が当たりやすいか、藤田保健衛生大学公衆衛生学教室のサイトで計算することができる。
循環器疾患リスクチェック

 

この「死の宝くじ」、当たる確率は人によって違う。

例えばタバコを吸う人は、総じて「死の宝くじ」が当たる確率は高い。

85歳までに「死の宝くじ」で肺がんでの死亡(イヤな一等賞だ)が当たる確率は、タバコを吸わない男性は1.6%、タバコを吸わない女性は1.1 %。タバコを吸い続けた男性では、肺がんで死亡の一等賞が当たる確率は24.1%、女性では11.0%(2)。

タバコを吸う人は他の病気にもなりやすい。「死の宝くじ」を当てたければ、タバコを吸うと確実ということが分かる。

また、高血圧の人も、「死の宝くじ」が当たりやすい。特に心臓や脳の血管の病気が当たりやすいことが知られている。

 

「死の宝くじ」の換金場所である病院に勤めていると、どんな人がこの「死の宝くじ」に当たりやすいかをとても実感しやすい。毎日毎日、「当選した人」を見ているからだ。

タバコを吸う人、血圧の高い人、コレステロールが高い人、血糖値が高い人。こうした人は、「死の宝くじ」がとても当たりやすい。

「死の宝くじ」に当たってしまうといかに大変かを医者はよく知っているので、なんとかしてその当選確率を下げたいと思う。

禁煙を勧め、血圧やコレステロールや血糖値を下げられるよう運動や栄養療法を指導し、それでもだめなら薬を処方する。少しでも患者さんの「死の宝くじ」の当選確率を下げられればと思うからだ。

 

だが患者さん自身にとって、高血圧や高コレステロール血症の治療を通して「死の宝くじ」の当選確率が下がっていることというのは実感しづらい。高血圧そのものや高コレステロール血症そのものは、自覚症状に乏しい。
「知り合いのおじさんは病院嫌いの薬嫌いで、血圧も高くて油っこいものも大好きでタバコもばんばん吸ってたけど、100歳まで生きたよ」。そんなふうに言う患者さんもいる。確かにそういう人はいる。神に愛されたのか悪魔が味方してるのか知らないが、強運の持ち主という人だ。

だが多くの人は、タバコを吸い、高血圧を放置し、コレステロールや血糖値の高いまま暮らしていると、人生のどこかの時点で「死の宝くじ」が当たる。


先だって発売された週刊現代では、『ダマされるな!医者に出されても飲み続けてはいけない薬』という特集を大々的に宣伝した。おかげさまで(皮肉のつもりで言っている)、日本全国の病院や診療所、薬局では「クレストール飲んでて大丈夫ですか」「プラビックスは飲んじゃいけないって書いてあった」「ディオバンは」「アクトスは」「アリセプトは」という問い合わせが殺到している。

悲しいかなこうした扇動的な記事はこれからも続くだろう。
それは、高血圧や高コレステロール血症の治療をすることで「死の宝くじ」の当選確率、すなわち病気のリスクが下がっていることを、個々人では実感しづらいからだ。

人は誰しも、自分が強運の持ち主であると信じたいものだ。
「医者から出されたこの薬飲んでも飲んでも飲まなくても、病気になんかならないんじゃないの?現に今だって、別に心筋梗塞にも脳梗塞にもなっていないし」と。

誰だって、自分だけは大丈夫と思いたいものだ。

降圧剤や高コレステロール血症の薬を処方することで、医者はその患者さんの病気のリスクを下げている。薬を飲まないとリスクは上がるが、薬を飲むのをやめたからといって、その人が100%絶対に心筋梗塞脳梗塞になるとは断言できない。「死の宝くじ」の当選確率が上がるだけだ。

もしかしたらあなたが強運の持ち主なら、週刊現代の言うとおりに医者から出された薬を全部やめても何も起こらないかもしれない。もちろん病気のリスクは上がるが、あなたこそが「病院嫌いで薬嫌いで、血圧も高くて油っこいものも大好きでタバコもばんばん吸ってたけど、100歳まで生きる」人、強運の持ち主かもしれない。
だが神様でも仏様でもない私たち人間には、誰が強運の持ち主なのかは長期的にみないとわからない。そして問題は、<長期的にみると、われわれはみな死んでしまう>(3)ということだ。

長期的に見ると、われわれはみな死んでしまう。強運の持ち主なら寿命で死ぬし、そうでなければ何らかの病気や事故で。誰が強運の持ち主かは一生終わらないとわからないし、自分が強運の持ち主でなかったとわかってからではもう遅い。できるのは、大きな病気になったときに最善の治療を受けられるようにしておくことと、可能な限り大きな病気のリスクを減らすことだけ。

 

だから今日も医者は、目の前の患者さんの「死の宝くじ」の当選確率を下げようとよりよい処方に頭を悩ますのである。週刊現代の特集にもめげずに。

 

(1)

健診成績に基づく心筋梗塞および脳梗塞の発症確率予測モデル開発 | 現在までの成果 | 多目的コホート研究 | 国立研究開発法人 国立がん研究センター 社会と健康研究センター 予防研究グループ

(2)日本禁煙学会編『禁煙学 改訂2版』南山堂 2007年 p.17

(3)ケインズ『貨幣改革論 若き日の信条』中公クラシックス 2005年 p.166

 

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