知人のフランス人D君があるときこんなことを言った。
「なにかをやるとき、ヨーロッパ人がこだわるのはwhyだが、日本人はhowにこだわる。そしてアメリカ人が最もこだわるのがhow muchだ」
面白い指摘で、このことについてずっと考えている。仮にそれが本当だとして、なぜそうした違いが生まれたのだろうか。
アメリカ人がhow muchにこだわるようになった理由は、比較的想像しやすい。
旧大陸から渡ってきた開拓者たちにとって、細かい理屈はどうでもよかった。荒地を耕し農作物を育て、とにかく目の前の課題を解決していくしかなかった開拓者たちにとっては、理由もプロセスもいらない、結果がすべてだった。どんな手を使ってでも結果を出し続けなければ、フロンティアでは生きていけなかったはずだ。
また、アメリカは「人種のサラダボウル」と言われる多民族国家だ。文化的ルーツの異なるエスニックグループ同士、それぞれ行動の理由や様式は違い、その違いを埋めるには途方もない労力が必要だろう。
しかし、理由やプロセスは千差万別であっても、結果は誰の目にも見えやすい。各エスニックグループ間の調整をするときに、共通のものさしとしていちばん使いやすかったのが結果=how muchの価値観だったのではないだろうか。
アメリカ的な考え方を一言で表す言葉は「プラグマティック」だ。
<プラグマティックな方法なるものは、(略)定位の態度であるに過ぎない。すなわち、最初のもの、原理、「範疇」、仮想的必然性から顔をそむけて、最後のもの、結実、帰結、事実に向おうとする態度なのである。>(W.ジェイムズ『プラグマティズム』岩波文庫 1957年 p.46)
原理や規範がそれぞれ違う多民族国家をうまく運営するには、万人が見て納得する結果を共通の価値観とするのが手っ取り早かったのであろう。
さて、それではヨーロッパ人がwhyにこだわるようになったのは如何なる理由があったのか、想像の翼を広げたい。
和辻哲郎は、人間の行動様式に影響を与えるものとして「風土」に着目した(和辻哲郎『風土―人間学的考察』 岩波文庫 kindle版)。
和辻は、ヨーロッパの風土の特徴を、「牧場」と呼ぶ(上掲書1178/4865)。ヨーロッパの風土は、湿潤と乾燥との総合だと指摘する。ヨーロッパの風土では、夏は乾燥期であり、冬は雨期だ(と和辻は述べている)。
乾燥した夏は、日本のような雑草をもたらさない。<しかるにヨーロッパにおいては、ちょうどこの雑草との戦いが不必要なのである。土地は一度開墾せられればいつまでも従順な土地として人間に従っている。隙を見て自ら荒蕪地に転化するということがない。だから農業労働には自然との戦いという契機が欠けている>(上掲書1356/4865)
ヨーロッパでは一度耕した土地は荒れ果てることなく、耕されたままである。
かつてスペインの海沿いを鉄道で旅したことがあったが、車窓から見られる植生の単調さに驚いた。どこまで行っても見えるのはアーモンドかオリーブの木のみ。
ヨーロッパでは自然は単純で従順だ。そうした単純な気候風土では因果関係が見えやすい。
<すなわち自然が暴威を振るわないところでは自然は合理的な姿に己れを現わして来る。
(略)人は自然の中から容易に規則を見いだすことができる。そうしてこの規則に従って自然に臨むと、自然はますます従順になる。このことが人間をしてさらに自然の中に規則を探求せしめるのである。かく見ればヨーロッパの自然科学がまさしく牧場的風土の産物であることも容易に理解せられるであろう。>(上掲書 1435/4865)
こうしてヨーロッパの単調で従順な風土から合理主義が生まれ、因果関係、特に因=whyにこだわる文化が生まれた。
ヨーロッパの風土が「牧場」だとすると、日本の風土は「モンスーン的」であると和辻は述べる。そしてモンスーン的風土は、人間を受容的・忍従的にする。さらに日本人の性格に影響を与えたのは台風の存在だ。
台風の特徴は、突発的で猛烈であるということだ。21世紀の今でさえ台風の発生と進路を予想するのは難しく、どんなに人間ががんばっても台風の被害は出る。
なぜ=why台風が起こるかなどと考えても無益だし、台風に抗っても結果は常に人間の負けだ。考えて意味があるのはただ、台風という突発的猛威のなかどのように=how身を処するかだけだ。
昔から、「地震・雷・火事・親父」という。
地震も雷も火事も親父の怒りもすべて、突発的に起こる。起こってしまう理由を考えても仕方がないし、起こったときにどう対処するかを追求するしかない事態ばかりだ。そんな風土の中、日本人はwhyでもなくhow muchでもなく、howにこだわるようになっていったのではないだろうか。
昔フランス人D君が言った「ヨーロッパ人はなぜ=why、アメリカ人はなんぼ=how much、日本人はどのように=howにこだわる」というテーマについてここまで考えてきた。
考えれば考えるほど興味深いテーマだ。
これからもこのテーマについて考え続け、手作り感覚のできるだけ丁寧なやり方でまじめにがんばってこのテーマにこだわっていきたいと思う。
なぜ、そんなにこだわるのかって?そんなことは知らない。なぜなんてことは、ヨーロッパ人に聞いていただきたい。
皆様、良い週末を。