アメリカ大統領選直前に、『隠れトランプのアメリカ』を読む。

食材に旬があるように、話題にも旬がある。
今読んでいる本に興味深い一節があった。トランプ大統領についてのコメントだ。
 
〈トランプ自身、実業界出身だけあって、労働者の気持ちを理解していると言われる。共和党関係者は「トランプは政治関係者の中で、誰よりも工事現場で働く人と接している。誰よりも、建設、工場、炭鉱などの現場で働く人々の気持ちを知っている」と教えてくれた。2016年夏の時点で、「トランプの強さを見誤るな」とも語ってくれた。〉(横江公美著『隠れトランプのアメリカ』扶桑社 p.91-92)
 
歴史人口学者のエマニュエル・トッドもまた、トランプ再選を予想する者の一人だ。文藝春秋2020年11月号で彼はこう書く。
〈学歴社会とは、「出自」よりも「能力」を重視する社会です。しかし、本来、平等を促すための能力主義なのに、過度な能力至上主義によって、高学歴エリートが、学歴が低い人々を侮蔑するような事態に至ってしまったのです。
高学歴エリートは、「人類」という抽象概念を愛しますが、同じ社会で「自由貿易」で苦しんでいる「低学歴の人々」には共感しないのです。彼らは「左派(リベラル)」であるはずなのに、「自分より低学歴の大衆や労働者を嫌う左派」といった語義矛盾の存在になり果てています。「左派」が実質的に「体制順応主義(右派)」になっているのです。〉(上掲誌p.142)
 
本来なら「左派」「右派」の語の定義をきっちりやらないといけないが、トランプ現象の背景には「左派」への失望がある。
 
「左派」に内包されるエリート主義(と欺瞞)については昔からよく指摘されていることだ。
ジョージ・オーウェルは1930年代にこう書いている。
〈典型的な社会主義者は、小心でお高くとまったお婆さんたちが考えているのとは違い、油のしみこんだ作業服を着てガラガラ声でしゃべる、恐ろしい顔つきの労働者などではない。それは、五年後には金持ちの娘と結婚して、カトリック教に改宗するような高慢なポルシェヴィキだ。〉
〈共産主義とローマ・カトリック教とのひとつの類似点は「教育をうけたもの」だけが完全に正統的であることだ。〉(ジョージ・オーウェル『ウィガン波止場への道』ちくま学芸文庫p.230,p.235-236)
その結果、左派的運動は今も昔も〈「私は別に社会主義に反対じゃないんです。反対しているのは社会主義者にたいしてなんです」。〉(p.230)という反応を社会から引き出してしまう。
オーウェルのこの文の「社会主義」を、現在「左派」として位置づけられている「地球温暖化対策運動」や「性的多様性」、「フェミニズム」に置き変えても文は成り立ってしまうのではないだろうか。
 
今回のアメリカ大統領選挙は、トランプvsバイデンではなくトランプvs反トランプだとよく言われる。
アメリカ大統領が作り出す時代の空気はとてつもなく大きい。トランプ=右派、反トランプ=左派とするならば、次の大統領が誰になるかで世界の思想的潮流も変わるだろう。たいへん興味深い。

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