言葉と小銭とマグカップ。

誰かの言葉が頭にこびりついて強迫観念のように日々につきまとい、行動を支配して人格と人生を形づくる。そんなことがある。
言ったほう書いたほうは忘れてしまっても、聞いたほう読んだほうにはしっかり影響する。だから言葉を発することは恐ろしい。
言葉は誰かの人生を救うこともあるし、誰かの人生を狂わせてしまうこともある。
 
我が身を振り返って考えると、思い当たるのは「経済的自立をしたければ、小銭入れを持て」という言葉。20代のころ読んだ本に書いてあった。小銭の管理もできないなら経済的自立は得られないというわけで、「恒産なくして恒心なし」、経済的自立なくして精神的自立は保てないから、これは大事だと思って今も小銭入れは愛用している。おかげで使わない小銭を死に金にすることなく四半世紀を過ごせてこられた。
 
本を書いた時に編集者のかたに言われた、「比喩や例え話を使うな。比喩を使うと読者ははぐらかされた気になる」という注意には、今も影響されている。
そう言われてから医療現場を見回すと、医者から患者さんへのあちこちで無数の例え話が使われていて、ほとんどの場合は医者の自己満足に終わっている。比喩や例え話は、うまく決まらないとかえって説明を混乱させるばかりで、だからあの一言を言われてからぼくの病気説明はずいぶんダイレクトなものになった。個人的にはこれでよいと思っている。
Iさんありがとうございます。
 
研修医のころ上司の一人に言われたのが、「タカハシくん、君は口で失敗するタイプだねえ」だ。言ったほうは覚えていないと思う。
これについては今のところ、「望むところだ」と思っている。
 
そのほかにも、片づけの本で読んだ「2分以内に終わることはその場で終わらせろ」というのは日々の生活で出来るだけ行うようにしている。2分以内に終わることってのはほら、ポストに入ってたダイレクトメールに目を通してゴミ箱に叩き込むとか、買ってきた牛乳を袋から出して冷蔵庫にしまうとかそんなことです。「あとでまとめてやろうっと」とかやってるとドンドン些細なことが積み重なるので、「2分以内に終わることはその場で終わらせる」とつぶやきながらこなすのです。
 
タレブの本に書いてあった「出発直前のバスにかけ乗るような人生を送るな」(地下鉄だっけ?)というのはまだ実践できていない。
 
目下のところぼくの頭を支配しているのは、借金玉氏がこの間ツイートしていた、「気に入らないマグカップを使う人生を送ってはいけない。人生には、お気に入りのマグカップが必要だ」という言葉である(そのうち元ツイートを掘ってみる)。
マグカップやコップって意外と壊れなくて、一人暮らしを始めたときに「そのうちちゃんとしたの買えばいっか」と100円ショップで買ったテキトーなのを10年使ってたりする。結婚式の引き出物を「イマイチ気に入らないなあ」とずっと使ってたり、神奈川の人だとマーロウのプリンの入れ物をコップとしてずっと使ってたりね(好きでやってるぶんにはas you likeでどうぞ)。
「人生には、お気に入りのマグカップが必要だ」という言葉がこびりついて、しばらくマグカップ探しの旅が続きそうだ。嗚呼、聖杯はいずこに。

 

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