田中角栄のもとにはなぜ多くの政治家が集ったかー「カバン持ち」と知恵・情報。

今になってやっておけばよかったと後悔しているものの一つに「カバン持ち」がある。
この人に教えを乞いたいと思う人に頼み込んで、文字通りカバンを持たせてもらう。朝も昼も夜もその人にくっついて行って、カバンを持ちドアを開け許されれば会合や会食のときも部屋の隅っこに居させてもらう。
一日中行動をともにすることで、その人の言葉のはしばしや立居振る舞いに滲み出るエッセンスを吸収させてもらうのだ。
 
生業を持った今となってはそれは叶わない話となった。だが「カバン持ち」を許されるなら、あの人やあの人の「カバン持ち」となっていろんな教えを乞い、知恵を吸収したいものだ。
(今知ったけど、そのものズバリの『カバン持ちさせて下さい!』というTV番組があるんですね。ご覧になったかたは感想をお聞きかせ下さい)
 
リソースには情報的リソース、社会的リソース、個人的リソースがあるという(クリスティーン・ポラス『シンク・シビリティ』p.160)。
ここのところ考えているのは、情報的リソースの貴重さである。
ある人が持つ専門的技能、ノウハウなどをぎゅっと詰め込んだのが情報的リソースだ。
検索エンジンのおかげで「情報」という言葉が随分薄っぺらくなってしまった。だが、情報は本来、非常に貴重なものだった。「情報?必要ならググれば出てくるじゃん」というものが欲しいのではなく、今だと「知恵」という言葉のほうが近いかもしれない。
 
田中角栄のもとになぜあれだけ多くの政治家が集まったのかという命題がある。カネを配ったから?いやそうではない。そんなことはどの派閥のボスだってやっていた、と秘書の早坂茂三氏は書いている。
 
〈それではなぜ、オヤジの周りに多数の政治家が集まったのか。オヤジのところへ行けば、けもの道を教えてくれる。どこの山道をつたっていけば、人よりも早く平場に安全に出ることができるか。どこへ行けば、涸れることのない、うまい岩清水があるか。田中はそれを教えてくれる。どこへ行けば、うまい魚がたくさん獲れるか、追っ手がやってこないか、夜はぐっすり眠れるかーその場所をオヤジは教えてくれるんです。〉(早坂茂三『田中角栄』PHP文庫 2016年 p.259)
 
早坂氏の比喩に何をどう読み取るかは読者の自由だが、ぼくは情報や知恵を出し惜しみなく与えたことが田中角栄氏の力の源泉だと読んだ。
田中氏は、自分の内なる経験や体験などの非言語情報を相手に伝わる言葉に変換し、相手の求めるものを言葉にして提供する能力が飛び抜けていた、ということだろう。
他の派閥のボスに教えを乞う場合には何年もの間「カバン持ち」や「雑巾がけ」をしないと得られない知恵や情報が、田中氏のもとに行けばすぐ得られるとなれば人も集まるというものだ。
 
前掲書『シンク・シビリティ』でも触れられていたが、情報的リソースの面白いところは目減りしないところである。自分の持つ知恵や情報をどんどん分け与えたところで知恵は減らない。むしろ増えていく。人間の持つ互酬性(もらったらあげないと収まりが悪い気がするというやつ)により、知恵や情報をもらった者はかわりに別の知恵や情報をくれるからだ。情報を持つ者には情報が集まるようにできている。
 
ぼくもこれから積極的に知恵や情報の提供をしていきたいと思う。
 
 
 
 
 
 
 
人はこうして「教え魔」という老害になるのであるなあ。

 

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