救急車有料化について一人の医者が考える(R改)

救急車の出動件数が増え続けていることを背景に、救急車有料化の議論が医療機関以外でも広まってきた。ごく一部の心ない市民がタクシー代わりに救急車を利用しているため、医療機関内では昔から救急車有料化すべきだという感情が多数派を占めるように思う。

 

救急車が一回出動すると自治体にもよるが約4-5万円かかると言われている。

(一次資料探し中)

他国を見ると、例えばシンガポールでは1回3万円取られる。ただ、本当に緊急を要する状況だったと確認されればあとで返金されるという(Nさん、ご教示ありがとうございます)。

 

夜間救急外来に従事していたころは、いろんな人を見た。

どんな状態の人が来るかと救急室で待ち構えていると、なかには救急車からさわやか且つさっそうと自分の足で降りてくる「患者さん」もいたりする。なにも救急車呼ばなくても自分で来られるじゃないかと思ったりもした。

ある自治体では、一年間に100回以上救急車で来院した患者さんもいたそうで、年間100回以上救急車で来院したということは、100回とも入院が不要で帰宅できたということになる。要するに、軽症でもしょちゅう救急車を呼ぶ人だったわけだ。

実は、東京都の救急車の出動の半分は軽症の人のために行われている。

東京消防庁<安全・安心><救急アドバイス><救急車の適正利用にご協力を!><救急車の適正利用のお願い!!>

タクシー代わりに救急車を呼ぶ人はそれなりにいて、そういう人たちを見ていると、ぼくも昔は単純に、500円から1000円くらいの少額負担はアリかなと考えていた。

(ちなみに有料化によって救急車の過剰利用に制限がかかりはじめるのは2万円くらいからという分析があったはず。これも資料探します)

 

さて、つらつらとこの問題を考えているうちに、2つはっきりと知りたい点が出てきた。
まず、いわゆる受益者負担の理屈が有効なのはどこまでかということ。
救急車を社会的インフラととらえた場合、社会的インフラ利用に受益者負担をもとめるならば、警察や消防、極端に言えば自衛隊はどうするのか。

 

泥棒に入られて捜査してもらうのに経費の一部負担を求められたら大変だ。
消防車出動に、料金に応じて松竹梅とかあったらやだなあ。早めの到着はレア、遅めの到着はウェルダンとかね。
他国が攻めてきて自衛隊の出動を要請したら、「料金かかりますけれどいいですか?」「トッピングで地雷はお付けしますか?」とか聞かれたりして。「プレミアム会員だともれなく米軍も派遣します」とか。

 

真面目な話、警察や消防、自衛隊の場合には受益者は直接の利用者だけでなく地域や社会、国全体というロジックなのだろう。救急車の場合の有料化とはまた別物ということになるのだろうか。

 

もう1つ知りたいのは救急車有料化による利用者の規範と行動の変容である。
マイケル・サンデルがこんなことを書いている。

 

<(イスラエルの)それらの保育所はよくある問題に直面していた。ときどき、親が子供を迎えにくるのが遅くなるのだ。親が遅れてやってくるまで、保育士の一人が子供と一緒に居残らなければならなかった。この問題を解決するため、保育所は迎えが遅れた場合に罰金をとることにした。すると、何が起きたと思うだろうか。予想に反して、親が迎えに遅れるケースが増えてしまったのである。
(略)お金を払わせることにしたせいで、規範が変わってしまったのだ。以前であれば、遅刻する親は後ろめたさを感じていた。保育士に迷惑をかけているからだ。いまでは迎えに遅れるあいだ子供を預かってもらうことを、自分が支払い意志を持つサービスだと考えていた。罰金をまるで料金のように扱っていたのだ。保育士の善意に甘えてあるのではなく、お金を払って勤務時間を延ばしてもらっているだけなのである。>(『それをお金で買いますか』早川書房p98-99)

 

救急車有料化によって、「お金を払ってるんだからタクシー代わりに使って当然」という人が増えることは十分あり得るように思われるがいかがなものだろうか。

 

付記)

救急車の適正利用のために、有料化以外にも出来ることはまだある。
電話での救急医療相談もその一つだ。現在、札幌市、東京都、横浜市大阪市奈良県、福岡県では「#7119」に電話をかけると救急車を呼ぶべきかどうか、近くに時間外で利用できる病院があるかなどの相談に乗ってくれる。
ほかの地域にも救急医療相談や医療機関案内の電話サービスがある。

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早いところ全国共通で「#7119」の電話救急医療相談サービスが使えるようになることを切に祈る。

(FB2015年8月19日を加筆再掲)

 

3分診療時代の長生きできる受診のコツ45

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インテリジェンス・オフィサーと読む週刊ポスト <「塩分を下げれば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>はやっぱり間違いだったー医療情報リテラシーの鍛え方③

週刊ポスト記事、<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>を題材に、専門外の情報の真偽をどう見極めていくかを考えている。

 

ほんとかウソかわからないような情報の海を渡っていく場合、特に専門外の情報をどう判断するかは重要だ。自分の専門分野の情報であれば見極めがある程度ついても、自分の専門外であれば判断材料がない。専門分野なら、可能ならありとあらゆる資料を読み込み、その分野のエキスパートに会いまくって徹底的に情報収集すべきかもしれないが、専門外の分野ではそうはいかない。人生は有限なのだ。

 

情報を取り扱うプロ、インテリジェンス・オフィサーは自分の専門外の分野の情報を学ぶときにどうするか。シンプルに、まずは本屋に行く。

<(略)その分野が並んでいる棚に行って、その棚の担当の書店員と相談するのです。
そして、「○○問題に関心があります。お勧めの本は何でしょうか?」と訊ねるのです。
その時の重要なコツは、入門書のような、基本書となる書籍を三ないし五冊、紹介してもらうことです。>(佐藤優『人たらしの流儀』PHP研究所 2011年 p.69)

 

紹介してもらう本は三ないし五冊と奇数であることが重要、と佐藤氏は言う。

何故か。

 

<奇数で買うのは、著者の見解、主張が分かれているときに自分で判断しなくていいからです。三冊買うと、二冊賛成、一冊反対ならば、その二冊の説を取るのです。

ーなるほど。その三冊の内訳を具体的に……。

書店員が一番いいという本と、二番目にいいという本。それから、その分野で、いま一番売れている本。この三冊を買います。>(上掲書 p.69-70)

 

インテリジェンス・オフィサー流のこのやり方を、「塩分を減らせば血圧下がるというのは間違い」という説に応用してみよう。

血圧に関して基本書となる一番、二番目に売れている本として、『内科学(第九版)』(朝倉書店)、『高血圧治療ガイドライン2014』(日本高血圧学会)を採用する。

佐藤氏の言う、<一番売れている本>として便宜的に週刊ポストを用いる。

塩分と血圧に関する記載をそれぞれ抜き出してみるとこうなる。

 

<(血圧の)環境因子として最も重要なものに食塩の過剰摂取がある.食塩摂取量と収縮期血圧は良好な正相関係を示し,食塩摂取が多い集団ほど高血圧が発症しやすいことはこれまでの研究からも明らかである.>(『内科学(第九版)』Ⅱ p.616)

<かつて本邦において,高血圧が多く,脳卒中が多発した理由の一つとして,食塩の過剰摂取があげられている。食塩摂取量が多くなると血圧が高くなる。>(『高血圧治療ガイドライン2014』 p.12)
<「塩分犯人説」は終わっている>(週刊ポスト12月2日号 p.35)

 

インテリジェンス・オフィサー流に言えば、2対1で『塩分と高血圧は関係がある』説の勝ち。

ただし知的フェアプレイ精神にのっとって言えば、実は週刊ポストでも食塩感受性について触れていて、食塩摂り過ぎて血圧が上がる人もいれば上がらない人もいると述べている。食塩感受性についてはもちろん『内科学』でも触れられている。
<高血圧患者では食塩負荷に対して血圧が著明に上昇する患者から,血圧がほぼ同じレベルにとどまる患者まで分布し,食塩感受性には個体差がある。>(『内科学(第九版)』Ⅱ p.616)

 

ある分野の本を三冊(ないし五冊)買って、意見が異なる場合には多数決に従う、というインテリジェンス・オフィサー流のやり方にはもちろん限界もある。多数決が常に正しいとは限らないし、科学的真理の探究には本来多数決はなじまないものだからだ。

 

<多数決原理の基本は、人間それ自体を対立概念で把握し、各人のうちなる対立という「質」を、「数」という量にして表現するという決定方法にすぎない。(略)正否の明言できること、たとえば論証とか証明とかは、元来、多数決原理の対象ではなく、多数決は相対化された命題の決定にだけ使える方法だからである。>(山本七平『「空気」の研究』文春文庫 1983年 p.77)

 

新たな分野の知識を身に着けるためには三冊ないし五冊の本を買うという方法を勧める佐藤氏も当然その限界は指摘している。

 

<厳密に言うと、このような方法は知の技法として正しいことではない。たとえば、地動説か天動説かについて、15世紀に有識者の多数決をとれば天動説が圧倒的に正しかったことになる。20世紀初頭でも、宇宙にエーテル空間(原文ママ)が存在するかについては、存在するというのが圧倒的多数派だったが、現在、自然科学者でエーテル空間を認める専門家はまずいないだろう。

 学術的な真理は本来、多数決とはなじまないということをよく念頭に置いたうえで、日常的には暫定的に多数決に従って知識をつけていくしかない。>(佐藤優『読書の技法』東洋経済新報社 2012年 p.55-56)

 

自分の専門分野であれば全ての時間と労力とを注いででも真理を探究し、真理だと確信できるものがつかめれば少数派であっても主張を続けるべきだ。しかし問題は、現代社会において専門外の情報の量は膨大であり、取捨選択を常に迫られているということである。
血圧と食塩の関係はそもそも学術的な真理に関する話である。だから本当は、三冊の本を買ってどちらの意見が多いか多数決で正しいかどうか判断するのはこの問題に最適な方法ではない。
だがしかし、食塩と高血圧の関係について専門家を目指すつもりがないのであれば、インテリジェンス・オフィサー流の『三冊の本を買って、その多数派を暫定的に信用する』というやり方は一考に値するはずである。

 

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エンジェル投資家と読む週刊ポスト <「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>はやっぱり間違いだったー医療情報リテラシーの鍛え方②

週刊ポスト<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>という記事を題材に、自分の専門外の領域の情報の真偽を確かめる方法について考えている。

 

次から次へと本当ともウソともわからない情報が飛び交う中、すべての分野の情報をじっくりと検討するというのは難しい。一番望ましいのは情報の大もとまでたどっていって、専門知識を身に着けつつ検討することだが、特に専門外の領域では限界がある。そんなとき、エンジェル投資家だったらどうするか。

 

エンジェル投資家兼京都大学産官学連携本部イノベーション・マネジメント・サイエンス研究部門客員准教授(長い肩書だ)の瀧本哲史氏の方法はこうだ。
<「裏をとる」のではなく「逆をとる」>(瀧本哲史『武器としての決断思考』星海社新書 2011年 p.157-161、『戦略がすべて』新潮新書 2015年 p.147-149)

 

「逆をとる」とはなにか。

<(略)自分の仮説と逆の考え方や事実を探し、それがどの程度信頼できるかという、反証的な視点で確認していく>(『戦略がすべて』p.148)

瀧本氏によれば、「裏をとる」とは情報ソースの大もとまでたどっていって、その論拠の確からしさを検討することだが、その場合は<自分にとって都合の良い事実を優先的に認知して間違った判断をしてしまいかねない>(上掲書同頁)

たとえば『減塩しても血圧下がらない』という仮説を検証するときに、『減塩しても血圧下がらない』と考えている人たちに話を聞きに行ったり、『減塩しても血圧下がらない』という論文ばかり読んでも同じ話しか出てこない。

瀧本流に情報を読むのであれば、『減塩しても血圧下がらない』の逆、『減塩したら血圧下がる』という考え方について調べ、その信頼度を考えることになる。

『減塩したら血圧下がる』という考え方を訴えているグループは数多い、というか9割以上の医療者がそう考えている。

高血圧の専門家が集う日本高血圧学会では「高血圧治療ガイドライン」で減塩の重要性を訴えている(ガイドライン2014 第4章)。

http://www.jpnsh.jp/data/jsh2014/jsh2014v1_1.pdf


アメリカの心臓病の専門家集団アメリカン・ハート・アソシエーションでも、「#BreakUpWithSalt」というキャンペーンをやって、減塩を訴えている。

sodiumbreakup.heart.org

WHO世界保健機構でも「食塩を1日あたり5g以下にすることで血圧を下げることができる」としている。

www.who.int

 

『減塩しても血圧下がらない』の逆=『減塩したら血圧下がる』をとった場合、世界中の複数の専門家がその説=『減塩したら血圧下がる』を推奨していることがわかる。

エンジェル投資家流に読んでも、週刊ポストの記事<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>は鵜呑みにしないほうがよさそうだということになるのである。

 

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ネットウォッチャーと読む週刊ポスト <「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>はやっぱり間違いだったー医療情報リテラシーの鍛え方①

21日発売の週刊ポストでは先週号に引き続き<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>という特集をやっている。特集では<「塩分過多が高血圧を引き起こす」という“常識”を覆した本誌前号の特集は、大反響をもって迎えられた。>(p.32)と盛大にブチ上げている。

しかしこの<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>という言葉、うのみにするのはお勧めできない。この見出しそのものが「やっぱり間違い」ということは、玉石混交の情報が錯綜するネットの海で泳いでいる人ならすぐ気づく。

怪しげな医療情報はたくさんあるが、もし手練れのネットウォッチャーだったらどう見破るだろうか。

 

まず確認しておくと、やはり食塩過剰摂取は血圧上昇と関連がある(と少なくとも大多数の医学者は考えている)。

日本高血圧学会の『高血圧治療ガイドライン2014』では、高血圧のための生活習慣の第一に食塩制限を勧めている(第4章)。彼らが勧めているのは一日あたり食塩6g未満の食生活だ。日本人の平均食塩摂取量はおよそ10~12gとされている。

ある研究によれば<減塩1g/日ごとに収縮期血圧が約1mmHg減少する>(同ガイドライン第4章より孫引き)という。

高血圧を悪化させないためには、やはり減塩は有用そうだ。

さて、今回の週刊ポスト記事。<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>という見出しが表紙に踊るが、この見出しそのものが「やっぱり間違い」である。

ネット上のインチキ情報やデマ、創作話ー「釣り」ーを次々に見破ってきたHagex氏は、怪し気な文章をチェック方法するために<この文章がすべて本当だったらどうなのかというチェック方法ーすべての文章は「真実」だと思って読んでいこう>という方法を提唱している(Hagex『ネット釣り師が人々をとりこにする手口はこんなに凄い』アスキー新書 2014年 p.69-71)。

 

怪しい情報・怪しい文章のほとんど全ては、人目を引くことを優先して作られているため、文章内の情報すべてを「真実」として丹念に読んでいくと矛盾やほころびに気づくことができる。もともとがいい加減な情報を寄せ集めて作られている文章では、文章内で整合性がとれていない。

だから、怪しげな文章に書かれたことすべてをいったん「真実」として読んでいくことで、自分の専門分野でなくてもその文章がおかしいと気付くことができる、というのがHagex流である。

 

そうしたHagex流の読み方で今回の週刊ポスト記事を読んでみる。

そうすると、文章内のほころびや現実との矛盾が見えてくる。
<「塩分を減らせば血圧は下がる」はやっぱり間違いだった>(表紙、p.32-33)<塩分犯人説」は終わっている>(p.35 小見出し)とブチ上げながら、本文中には<「塩分を摂取しても、血圧が上がる人と上がらない人がいる」という点にも注意が必要だ。>(p.35)とさらっと書いている。塩分を摂取して血圧が上がる人、いるんじゃないか。

 

また文章内では、1984年に<高血圧研究の権威として知られる>ある教授が<「塩分摂取量は血圧は関係ない」と異議を唱えた。>とある。しかし今から30年以上も前に<高血圧の権威>が塩分と高血圧は無関係としたのに、今でも世界中で減塩指導をしているのはちょっと変である。「高血圧の権威」が塩分と高血圧を無関係と主張した一方で、それに反論する研究がたくさんあったと考えるほうが理にかなっている。

 

文章内ではまた別に、<高血圧改善の鍵を握るのはマグネシウムだ。>(p.35)とし、マグネシウムカリウムなどを含む天然塩を勧めている。その理由は<「(略)塩分を排出するカリウムやカルシウムも多く含まれるので(略)」>(同頁)。

だが、塩分が高血圧と無関係であり、<「塩分犯人説」は終わっている>ならば塩分を

体外に排出する必要はないはずだ。

 

こんなふうに、超一流凄腕ネットウォッチャーのやり方を使えば、週刊ポスト<「塩分を減らせば血圧下がる」はやっぱり間違いだった>という記事が「やっぱり間違いだった」というのは見破ることができる。

いい加減な医療情報が出回る今日この頃、『すべての文章をいったん「真実」として読んで矛盾やほころびがないか探す』読み方があることは知っておいて損はないと思われる。

 

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週刊ポスト<「塩分を減らせば血圧下がる」は間違いだった>は間違いだった

今週発売の週刊ポスト11月25日号では、<その健康常識 今では大間違い>という特集をしている。表紙の中でも目につくのが<「塩分を減らせば血圧下がる」は間違いだった>の文字。

 

それにしても何度も思い知らされるのが雑誌の読者の高齢化だ。だって冒頭カラーページの特集が<こんなにオシャレになりました!「老眼鏡」「杖」「補聴器」最新カタログ>だもの。嗚呼、メディアはユーザーとともに歳を取る。

 

さて<「塩分を減らせば血圧は下がる」は間違いだった>の記事(p.44-47)を読んでみた。

記事の構成は以下の通り。

①減塩食にはもううんざり

②高血圧ガイドラインでは食塩は1日6g未満を推奨

③ I医師登場(本文では本名)、<「塩分摂取量が必ずしも高血圧に繋がるとは限らない。日本人の平均摂取量となる10~12グラム程度なら問題ない。

 むしろ、体を温める効果のある塩は、がんやうつなど病気予防のためにしっかり摂取したほうがいい」>(p.45)とのたまう。

④高血圧と塩分摂取は関係ないという研究があることを紹介。

⑤食塩摂取で血圧が上がる人とそうでない人がいる。食塩によって血圧があがる、食塩感受性はある人とない人がいる。
<日本人の役20%が食塩感受性の遺伝子を持つが、50%は塩感受性を持たず、食塩を摂っても血圧が上がることはないという>(p.46-47)
⑥<つまり、2人に1人は減塩する必要がないことになる。が、残念なことに、どのような人に食塩感受性があらわれるかなど詳細は分かっていない。>(p.47)

⑦なぜかみそ汁登場。みそ汁は高血圧予防の効果が。<本特集を奥様に読ませれば、今晩から味付けが変わるかもしれない。>(p.47) (おしまい)

 

本文をよくよく読むと、食塩感受性がある人は(記事によれば)約20%はいる。また、<2人に1人は減塩する必要がない>ということは、2人に1人は減塩する必要がある(かもしれない)ということだ。
だから本文を正確に見出しにするならば、『食塩感受性のない人の場合、「塩分を減らせば血圧は下がる」は間違いだった』であろう。それなら何の問題もない。

見出しを過激にして雑誌を手にとらせ、中身を読んでみるとそれほどでもないという雑誌の売り方は、たぶんよくあることのだろう。「東スポ商法」とでもいうのだろうか。

 

食塩感受性がある人とない人がいるのは事実だ。
しかし少なくとも食塩感受性がある人では食塩摂取量を減らすことが血圧を下げることにつながる。

ちなみに、Andersonらの研究では、日本人の食塩摂取の20%はしょうゆ、ソイ・ソースから、食塩摂取の9.7%はみそ汁から、9.8%は漬物や梅干しから来ている。(ソースはこちら↓)

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4308093/

食生活、食文化と塩分摂取は密接に関連しているため、実際にはなかなか減塩は簡単ではないが、面白い方法が提唱されているので次回ご紹介したいと思う。(続く)

 
↓高血圧はなぜ怖い?病院と上手につきあって長生きできるコツ、載ってます。

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↓医療知識が無くても、ネットウォッチャーならウソは見破れるという話。

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↓医療知識が無くても、エンジェル投資家ならウソは見破れるという(略)

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↓医療知識が無くても、インテリジェンス・オフィサーなら(略)

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ハフィントンポスト記事『誰がトランプに投票したのか』を読んで。

ハフィントンポストの記事『誰がトランプに投票したのか』を読む。

 

www.huffingtonpost.jp


記事では①トランプ支持者は決して「白人低所得」層だけではなかったこと、②若者はヒラリー支持、高齢者はトランプ支持だったこと、③ヒスパニックの29%がトランプを支持し、これは今までの共和党候補よりも高いこと、④投票率は53.1%と低かったこと(前回54.87%)と低かったこと、⑤都市部はヒラリー、郊外はトランプ支持だったこと、などが指摘されている。

①についてはすでに他メディアでも触れられている。

 

②について、ミレニアル世代の政治意識や、アメリカでも「シルバー民主主義」が世の趨勢を左右するのだという論評がこれから出てくるだろう。

 

③ヒスパニックがトランプを支持した理由として、筆者は、違法移民が増えることですでにアメリカに住んでいるヒスパニックの生活・立場が悪くなる(雇用を奪われたりする)ことを嫌ったせいではないかと考察している。

個人的には、ヒスパニックのマチズモ的文化(男は男らしく、女は女らしく)と男尊女卑的な発言を繰り返すトランプ氏が相性が良かったのではないかと思う。

完全にあとづけだけれど、アメリカの大統領候補を論じるときに、政策や信条はともかく「一緒にパブで飲みたいのは誰か」という視点がある。
その観点から行くと、ヒラリーよりもトランプと飲みたいと思う人がたくさんいた、ということになる(気持ちは分かる)。もっとも、トランプ氏は酒もたばこもやらないそうだけれど。

④について、世界最大の民主主義国アメリカの、しかも大統領選挙でも投票率が53.1%だということは記憶しておくべきだろう。
やっぱりですね、火曜日に選挙やって、行ける人は限られてる気がします。

hirokatz.hateblo.jp

 

余談だけど、「火曜日に投票やるのは国民の休日を奪わないため。投票に行くために仕事を休むことはアメリカでは法律で認められている。日本は遅れている」というコメントをネットで見かけたが、投票率は53.1%ですから実際には自分の仕事休んでまで投票行く人は決して多くないわけです。

法律で認められてることすべてが実際に行われているわけではないのは万国共通。日本だって法律で認められてなくても平気でサービス残業なんてものが存在するわけで。法律上は、サービス残業は違法ですから。
さらに脱線すると、ネットでは他国を過度に理想化して自国を貶めたり、その逆に他国を変に見下して日本スゲー、世界が日本にシビレル、憧れるッみたいなコメントが幅を利かせておりますが、いずれもバカバカしいことですね。他国も自国もありのまま、等身大に見てこそ冷静にものを考えられるってもので。

<外地で暮す日本人のいくらかは日本人でないかのような顔をし、いくらかは逆に物凄い国粋主義者になると言われるが、どちらもつまらないことである。>(北杜夫『どくとるマンボウ航海記(中公文庫)kindle版797/2860)

ネット空間で暮らす日本人も然り。

⑤について、本文中、トランプ氏のtweet、<The forgotten man and woman will never be forgotten again>というのが引用されていて、不覚にもグッときてしまった。
本文では<「忘れられた男女はもう二度と忘れられてはならない」>という訳をあてている。

トランプ氏は好きではないけれど、イメージを喚起する詩的な表現だと思う。ニューヨーク・タイムズによれば、1932年大恐慌のときにフランクリン・ルーズベルトが「forgotten man」という言い方を、1968年にニクソンが「forgotten American」という言い方をしているそうである。

www.nytimes.com

80年代~90年代に青春を送った身にとっては、このフレーズはBon Joviの「リヴィン・オン・プレイヤー」の世界だ。

ladysatin.exblog.jp

さびれた工業地帯、閉鎖された工場。生活に疲れた男女は、ともにパートタイムでレジを打つ。時間いくらの、アメリカン・ドリームとは程遠いマック・ジョブ。
IT長者は今日もボーダーレスな能力主義を叫ぶが、それはどこか遠い世界、ニューヨークやシリコンバレーという「別の国」の話。
ただマジメに正直に働き続けた自分たちは、いつの間にか忘れ去られてしまった。偉大なる祖国、アメリカから…。アメリカは、俺たちのものではなくなってしまった。
そんな男女のイメージが瞬時にして湧き上がるフレーズだ。

集会で熱狂的な支持者に囲まれてこんなフレーズを浴びせられた日には、ぼくだって思ってしまうかもしれない、メイク・アメリカ・グレート・アゲイン。
ま、実際には迫害される側ですが。アジア系だから。

以前に会ったアメリカ人がこんなことを言っていた。
「ニューヨークと東京はそんなに変わらない。今や、カルチャーショックが生じるのは、ほかの国の大都市同士ではなく、大都市と田舎だ」と。

hirokatz.hateblo.jp


日本でも昔から強い政治家は農村部に地盤を持つ人が多い。

勝ったトランプ氏も、郊外に支持基盤を持つということは興味深い。トランプタワーとか建ててますけども。

 

これからどんどんトランプ大統領をめぐる論評が出てくるはずだ。誰かに言われると悔しいので、先にいろいろ言っちゃいました。

 

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『隠れトランプ』から学ぶ3つのこと。

今回の大統領選挙でおおかたの予測がはずれたのは「隠れトランプ支持」がいたからだという。世論調査で「トランプ支持」と明言すると「差別主義者」「低所得の白人」とレッテルを貼られるので、隠れてトランプ氏を支持してた人がかなりいたということだ。
 
ここから覚えておくべきことは3つある。
世論調査の専門家も与えられたデータを元に判断するので、間違ったデータを与えれば間違った答えが出る。
昔読んだ統計の本に「ガベージ・イン、ガベージ・アウト/(統計処理の手法が正しくても)ごみを入れればごみが出てくる」と書いてあった。
だから、将来AIが人間のデータを力技でバンバン処理して人間を巧妙にコントロールするとしても、間違ったデータを与えれば「AIのウラをかく」ことができるということだ。AIのウラをかく必要があるかは別として。
 
覚えておくべき2点目は、データを扱う人は価値に対して中立でないと結果がゆがむということ。
メディアにいる人は反トランプ・親ヒラリーが大多数で、そうした目で世論調査をし、データ処理するとやはり歪んだ結果(ヒラリー当選確実)が出てきた、というわけで、個人の信条は別にして、心を無にしてデータを集め処理しないといけないんだなーという結果でしたね。
 
覚えておくべきもう1点は、「アメリカ人も空気を読む」ということですね。
今後、「空気読むのは日本人だけ。アメリカ人は周囲にどう思われようと堂々と自分の信念を主張する」という言説に出会ったら、「でも『隠れトランプ』、たくさんいたよね」と反論することにいたしましょう。
本音と建て前を使い分けるのは日本人だけーみたいなことを言う人は昔からいるけど、アメリカ人だって建前では「差別はいけない」といいながら、本音ではトランプ支持したりしているわけで、ものごとってのはそう簡単にいかんですね。
「peer pressure/同調圧力」という言葉がある時点で「欧米では周りの目を気にする人はいない」みたいな話は眉唾だと昔から思ってました。アメリカでは世界一お金をかけた、技術的にもどこよりも進んだ選挙キャンペーン手法と選挙予測が駆使されていますが、それすら裏切っちゃうほどアメリカ人の本音と建て前にもギャップがあったってのは覚えておくべきことですね。
 
トランプ氏が当選して以来、マイノリティに対する嫌がらせなどが増えているとか。
「国の一番エライ人が堂々と差別と偏見をアピールしてるんだから、我々が思ってることをあらわにして何が悪い」という感じなんでしょうか。
今まで隠していた「トランプ的なもの」ー女性や外国人に対する差別心とかーがこれから表に出てくるとなるとちょっとうんざりします。
心の奥底に一生隠したままでいたほうがいいものってのもあるように思いますけどね。

 

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