きっかけは、友人の医師のこんな一言だった。
「80歳以上の患者さんって、なんとなくポジティブな人が多いよね」。
飲んでいるときに出た話だったのでその時はそうだね、たしかにそんな気がすると相づちを打って次の話にうつった。だが、あれから何年も経つが妙に頭にそのことが残っている。本当だろうか、確かめてみよう。
医者という仕事柄、日々ご高齢の方々と接する機会は非常に多い。
ポジティブさを測る指標は難しい。まずは予備的な調査ということで、漠然とした印象を記録していくことにする。せっかくだから、長生きや健康のためになにか心がけていることがあるかも聞いてみることにした。よく本や雑誌で「○○すると長生きになる」なんて特集をやっているが、ほんとかどうか自分でも調べてみようと思ったわけである。
調査開始日は2月29日。
題してプロジェクト「高齢者における生活姿勢および健康長寿要因の予備的検討」。いざ始動、GOです。
調査方法は至ってシンプルである。
普段の診察でお会いする80歳以上の患者さん(一部78歳・79歳を含む)の全般的な印象を書きとめる。その後「なにか健康や長生きのために心がけていることはありますか」とたずねてみるだけである。
全般的な印象はあくまでぼく自身が感じたものであり、健康や長生きのために心がけていることというのも自由回答である。ともに定量的なものではないが、予備的調査ということで可とした。
結果について報告する。
調査期間は2月29日から4月6日の月~土曜日。
調査対象は計126名の高齢者で、78歳から96歳までの方々。平均年齢は85.1歳であり、男女比は男性32名女性94名であった。
女性のほうが3倍近く多いのは平均寿命の差を反映していると思われる。
興味深いことに、ほぼ8割の方々が精神的なポジティブさを感じさせる結果となった。一言で表現するのは難しいが、「おだやかで周囲に感謝し、おおらかで物事にとらわれない」という印象を主治医(ぼく)に感じさせる傾向にあった。
また、健康や長生きのために心がけていることという質問に対し、いちばん多かったのは「特になにもない」であったが、「なるべく歩くようにしている」「運動をするようにしている」「規則正しい生活をする」「趣味の集まりにいく」「よく食べる」「よく寝る」という回答が多かった。
運動に関しては散歩がもっとも多かったが、ダンスをしている方が複数いた(社交ダンスだけでなく、フラダンス、ベリーダンスやズンバといった珍しいダンス・運動に取り組んでいる方もいた)しグランドゴルフを趣味としている方も見受けられた。持病を抱えながらも積極的に体を動かしている高齢者がいることが浮き彫りになった。
「長生きのためにタバコをやめた」という回答が84歳のかたから寄せられ、「やはりタバコは健康に悪いのだな」と意を強くしたが、しかしながらその方の場合には禁煙に成功したのがちょうど一年前とのことであった。
定期的に通院している方々に聞いた自由回答の調査というバイアスがあるので、安易な結論を出すわけにはいかないが、大変興味深い調査であった。長生きのコツにはやはり突飛なものはなく、食事・運動・睡眠・社会参加といったオーソドックスなものが大事なのであろう。
フランスのジャンヌ・カルマンという女性は122才5か月と14日生きたが、長生きの秘訣を聞かれて、「豊かな生活、日々のポートワインとチョコレート」と答えたという。ジャンヌ・カルマンもまたタバコを吸う習慣をやめた長寿者の一人であったが、彼女が禁煙に成功したのは119才の時だったそうだ(ペーター・グルース編『老いの探究 マックス・プランク協会レポート』日本評論社 2009年 p.39)。
今回の調査での新たな発見が一つある。
それは、「長生きや健康のためになにか心がけていることはありますか?」という質問をすると、ほとんどの方々が非常によい反応をくれるということだ。
ぱっと顔を輝かせ、生き生きと自分の心がけていることを語ってくださるというのは発見であった。もしこれをお読みになったドクターの方がいたらぜひお試しいただきたい。
一つの研究は新たな疑問を生む。
こうした質問が患者さんの「いい顔」を引き出すというが、いったいそれはなぜなのだろうか。そしてこの質問は、何割くらいの方から「いい顔」を引き出せるのだろうか。
疑問に思ったことは調べてみるに限る。
調査開始日は明日4月7日。
題してプロジェクト「ハウ・メニイ・いい顔」。いざ始動、GOです。
現場からは以上です。
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