情報戦としての稲田朋美防衛大臣辞任劇~ぼくのかんがえたさいきょうのじょうほうそうさじゅつ

稲田朋美辞任現象に注目している。

官僚組織と政治家がどう「つきあって」いるのか、部外者からも垣間見える瞬間であり、一種の情報戦としてみるとたいへん興味深いからだ。

週末なので陰謀論と妄想にふけるのをお許しいただきたい。平日は真面目にやりますんで。

 

稲田氏にとってケチのつきはじめはアジア安全保障会議での「グッドルッキング」発言。国際的な場で、女性差別的ととられるリスクのある発言が出てきたのはなぜか。その場のアドリブでなければ原稿があるわけで、原稿のチェックの段階でスルーされたのは、誰かのなんらかの意図があったのではないだろうか、と先日考えた。

 

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 で、そう考えると、ずいぶんスピーディに「グッドルッキング」発言は国内報道されたなあと思う。まったく根拠はなく陰謀論だが、担当者が積極的に「発言が問題視された」というニュースを懇意の記者に情報提供したのかなあと妄想してしまう。

担当者にとって、情報には二種類ある。「出したい情報」と「出したくない情報」だ。「国際会議の場で自分の省の大臣が容姿に関わる発言をし、それが国際的に問題視された」という事象・情報は、担当者にとって「出したい情報」だったのか「出したくない情報」だったのか。もし前者だったとすれば、懇意の記者に前もって注意を喚起しておくこともできるだろう。

 

マスコミとの「つきあい」方について、外務省の場合はこんな感じだそうだ。
<外務省は「霞クラブ」の記者を外務官僚にとって都合の良い記事を書く「与党」とそうでない「野党」に区別する。この場合、マスコミ自体の色はあまり関係ない。読売、産経、NHKが「与党」で、朝日、テレビ朝日が「野党」ということではない。個々の記者が書く記事を外務省は実によくフォローしている。テレビ放送についても政官界に影響を与えるテレビ朝日の「サンデープロジェクト」などは放送内容を活字に起こして回覧する。そして記者だけでなく、有識者についても外務省にとっての「与党」、「野党」の色分けをする。そして、「与党」記者に対して、飲食・飲酒接待を継続的に行い、不祥事などの報道については筆を抑えてもらうように働きかける。最初は高級レストランで飲み食いするが、その内、友人としての雰囲気を出すために、あえて「縄のれん」などに通い気さくな感じで記者に接触する。 

 これも心理工作の一環だ。>(佐藤優『外務省犯罪黒書』講談社 2015年 p.108)

 

佐藤氏の同書によれば、「懇意の記者」は育てることもできる。

「与党」の記者には優先的に特ダネを提供していけばその記者はどんどん出世してさらに影響力を増す。また、「おつきあい」の中で「たまたま」「ちょっと過剰な」接待の事実があれば「野党」記者の出世のスピードをスロウ・ダウンさせることもできる。(参考文献・上掲書。p.102-110。本文ではもっと直接的な表現になっている)

 

「出したい情報」と「出したくない情報」という観点から興味深いのは8月3日発売の週刊文春の『防衛官僚覆面座談会』(p.26-27)だ。

週刊誌の覆面座談会記事の中にはどう考えてもライターの脳内創作みたいなものもある。『覆面OL赤裸々座談会~わたしたち、オジサンのこんなとこチェックしてます』とか『覆面女子大生座談会~今ドキの女の子って、結構カゲキ』とか。何読んでんだ。
なので、週刊文春の防衛官僚覆面座談会も割り引いて読まなければならない。この座談会がホンモノだとして、<官僚A 私も過去二十五年以上三十人以上の大臣に仕えてきたけれど、申し訳ないが史上最低。>(p.27)というのは、防衛官僚にとって「出したい情報」だったのか「出したくない情報」だったのか。

マスコミが「ネタ元」から「出したくない情報」を引っ張り出すときには相当気を使うという。
<週刊誌の編集者や記者なら誰でも、他人に絶対明かせない「ネタ元」を何人か持っている。まさに墓場まで持っていく関係だ。私もマスコミ関係者はもちろん、政界、官界、財界、さらには肩書きのつけようのない人物も含めて、何人かの大切なネタ元がいる。
 そうした人物とは、たいてい人目につかない場所で密会する。密会の場は様々だ。早朝のホテルで、ヨーグルトとフルーツ、コーヒーだけの朝食をともにすることもあれば、昼や夜に会食することもある。会うのは常に「完全な個室」だ。もちろん入るときと出るときは別々で、必ず時差を設ける。従業員の教育が徹底されていて口の堅い店を選ぶのは言うまでもない。(略)
 かつて、上海総領事館の電信官が中国公安当局から情報提供を強要され、自殺していた事件をスクープしたことがあった。その際は目立たないビジネスホテルの一室に関係者の一人を呼び出した。義理があって、その人物がどうしても断れないルートを使った。ベッドが大半を占拠している狭い部屋で向き合った。彼の警戒感と怯えの色が浮かんだ表情は、今でも鮮明に覚えている。>(新谷学『「週刊文春」編集長の仕事術』ダイヤモンド社 2017年 kindle版203-215/2641)

 

もし稲田氏が<申し訳ないが史上最低。>というのが防衛省にとって「出したくない情報」ならば、覆面とはいえ座談会は引き受けないのではないか。
稲田氏が防衛大臣であり続けた場合には、犯人探しも起こるだろうし、その場合には同席した官僚仲間から密告されるリスクもある。
逆に、防衛省的に稲田氏の人物評が「出したい情報」であり、今が出してもよいタイミングと考えていたなら、座談会記事が載ったのはよくわかる話だ。

情報操作のことを横文字でスピン/Spinという。この情報操作=スピンについて、ノンフィクションライターの窪田順正氏はこう書いている。
<人が情報を誰かに伝えようとする時、自分が有利になるよう、作為的に情報の内容を変えようとするのは当然である。「客観報道」などということを標榜する報道機関ほど、主観と独断に満ちている。まったく操作をおこなわず、加工なしの情報を伝達できるのは、感情のない神のような存在しかいない。

 では本当に恐ろしいのはなにか。それは、スピンの存在すら知らず、それが中立公平な情報だと信じ込まされることである。恐ろしいことに、日本には、

「世の中に溢れている情報は誰かが意図的に流したものだ」

ということに気づかない、疑うことを知らない人が大勢いるのではないだろうか。>(窪田順生『スピンドクター "モミ消しのプロ”が駆使する「情報操作」の技術』講談社 2009年 p.203)

 

【警告】陰謀論はあなたの心の健康をむしばみます。心の健康のために、陰謀論とネットの使用はほどほどに。

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