「武器」や「道具」として言葉を使うということと他言語経験(1)

言葉を過不足なく使うことに関心がある。
 
以前に友人と新橋の地下のお店で鴨すき鍋をつついていた時の思いつきに向かって話は進んでゆく。
発端は、なぜ現代の日本の政治家には名スピーチの名手がいないのか、という疑問であった(異論があるとは思う)。
現代社会において、アメリカや台湾の政治家の言葉が海を越え言語の壁を越えて日本に住む人の心を動かすのに比べ、その逆のことは起こってなさそうだ。これは何故なのか。
 
思いつきの域を出ないが、これは言葉を「武器」や「道具」として意識していないからではないか、と新橋の地下では話が進んだ。
言葉を、生来の、生まれつきもっている(この部分、科学的に正しい表現ではないが)ある種の肉体の延長としてとらえているか、人の心を動かして時に行動変容させるための、後天的に意識して学ぶ「武器」や「道具」、ツールとして認識しているかで大きな差が出るのではないか。
 
常人は普通の生活において、先天的に与えられた自らの手足の使い方を意識しない。当たり前にそこに存在し、当たり前にテキトーに使えるものとして、自分の肉体はある。アスリートや武道家、職人のみが、自らの肉体を「武器」や「道具」として認識し、その「武器」や「道具」を磨き上げ、使い込んでいく。
 
それと同じことが、言葉においても当てはまるのではないだろうか。
言葉を、先天的な天与のものとして享受している者は、言葉の使い方を意識しない。ほうっておいてもいつまでもそこにあるものとして、言葉を無駄遣いしてゆく。
 
仮説とさえ呼べないほどの思いつきだが、マザー・タング、母国語のみの中で生活している者には、そうした傾向があるのではないか。
言葉を「武器」「道具」として意識して磨き上げ使い込んでいくためには、他国語などの自然言語や学術専門用語・プログラミング言語などの人工言語などを後天的に、意識して学ぶという経験が必要なのではないだろうか。
 
〈翻訳家S氏は「翻訳文学に興味を失った文化とその言語は、はてしない同語反復におちいり、頽廃し、衰弱する。停滞し、腐敗する」といっている。わたしも賛成だ。〉(黒田龍之助『その他の外国語 エトセトラ』ちくま文庫 二〇一七年p.139)
 
言葉を生来のものではなく、意識して学び、「道具」や「武器」として磨き上げて豊穣なものとしていくには、他言語や他文化との接触が有用ではないかと書いた。
仮説というには検証の少ない、いわば思いつきの類ではある。だがそのまま忘却してしまうのはもったいないので書いておく。
 
他言語との接触により、あるいは日本語を後から学ぶことにより、自らの日本語世界を豊かにしていった例は多い。
ハワイ出身の日系二世の父を持つ片岡義男氏は、日々の生活で目にする日本語や英語を、対になる英語や日本語とともにインデックスカードに書き溜めた
(片岡義男『日本語と英語』NHK出版新書 2012年 p.12など)。
インデックスカードには、「現在地」という日本語と、それと対になる「you are here」という英語が書き留めてある。あるいは「locally produced」という英語の下には「地元産」という日本語が書かれている。
片岡氏は長年に渡り書き溜めた無数のインデックスカードを読み返しながら、日本語と英語について考える。
 
ハワイで育った片岡氏は、自分にとって「take a shower」は「風呂を“取る”」としか言えない、「風呂に“入る”」というネイティブ日本語スピーカーのような感覚にはどうしてもなれないな、などと考え、その考えを深く掘り下げていく。そうした中で片岡氏は、日本語というのはすでに出来上がった世界に入っていく「状態」を表す言語であり、英語とは主体とアクションと切り離せない言語であるという認識に至る。
こうした言語に対する客観的観察と考察は、やはり他言語や他文化との比較から生まれる。
 
他言語や他文化と接触した誰もが自動的に思考が深まるわけではない。だから、そこにはその言語を使ってその言語世界で生き抜こう、サバイヴしよう、ストラグルしようという強い動機や意志が無ければならないのだろうとは思う。
 
他言語、他文化との接触により自らの日本語を磨いたであろう例として、もう一人、伊丹十三氏を挙げたい。伊丹氏について、関川夏央氏はこう書いている。
 
〈伊丹十三は言葉と文字を気にする人だった。表紙カバーはカヴァである。タキシードはタクシードでなければならず、ヴェニスのハリーズ・バーをベニスのハリーズ・バーと書くことを「愧(は)」じ、コーモリ傘は蝙蝠傘でなければ「赦(ゆる)」さなかった。赤いのアカを、赤い、朱い、紅い、赫い、丹い、緋いと使いわけないと気分が「淪(しず)」んだ。〉(伊丹十三『ヨーロッパ退屈日記』新潮文庫収載の解説より。同書p.297。原文では読み仮名はフリガナ表記で、カッコ内は筆者)
 
伊丹十三氏は戦争中に軍部が将来の科学者養成のために作った特別科学教育学級で当時「敵性語」である英語を学び(同書p.258)、もちろん長らく海外で生活し活躍した。
 
他言語、他文化との接触が母国語(片岡氏の場合は日英どちらが母国語なのだろう)への感覚を鋭くするのではないか、という話をしている。
もちろん当事者にとっては、良いことばかりではない。先述の例はいわばチャンピオンケースで、いわゆる「生存者バイアス」がかかっている。バイリンガル、マルチリンガル環境は当事者にとってしんどい環境でもあるので、特に幼少期からの安易なバイリンガル、マルチリンガル教育を勧めるものでは全くないことは明記しておく。
(続く)

 

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