〈(略)鳥貴族にささっと入ってダラダラ一緒に飲める相手ってのも1人だけいるんです。それらやっぱ友人ってことになるのかな。何もかっこつけないし、気兼ねもいらないし。
口に出しては絶対言わないけど、飲みながらいつも思うんですよ。こういう友人が1人いるだけで、人生勝ったようなもんだなって。経済的な勝ち負けじゃなくて、なんて言うんだろ、これで人生オーライじゃんって。そう思いません?〉(『鳥貴族で飲める友人が1人いれば、人生は勝ったようなもの』鉄人文庫2025年 p.39)
肩肘張って虚勢を張って大人は生きているけれど、飲みたいとき誰かと話したいときにふらっと鳥貴族につきあってくれる。
たわいもないことで盛り上がって、落ち込んだときには一緒に「どうしたらいいんだろうね」と言ってくれる。
そんな友人を1人持てたら、それだけで人生は大成功だ。
そんなことを、酒場の賢人は言う。
君が落ち込んで、と歌は始まる。
君が落ち込んで、トラブルに巻き込まれて、
誰かのケアが必要で、
そんでもって、なんもかんもうまくいかんかったら。
ほしたら目を閉じて、ぼくのことを思ってくれよ。
ぼくはすぐに飛んでいくよ。
どんなにへこんでても、ぼくがブチ上げてやる。
冬でも春でも、夏でも秋でも。
ただぼくのことを、呼んでくれよ。
君にはぼくが、ぼくという友達がいるんだぜ。
(キャロル・キング“You've got a friend”超意訳)
世俗の成功は大事だ。
誰かが政治を回さなきゃならないし、貴国の有権者が票を託したんだから、他国の者がどうこう言うもんでもないのだろう。
世界一のビリオネアなんて尊敬にあたいするし、いつもXを使わせてくれてありがとう。
だがしかし、トランプ氏とマスク氏の泥試合みたいなのを見ていると、果たしてこの人たちには本当の友人がいるのだろうかと心配になってしまう。
おそらくほぼ確実に、トランプ氏もマスク氏も、鳥貴族で気の置けない友人と馬鹿話した経験は無いんじゃないだろうか。
ワシントンにもニョーヨークにも、鳥貴族はまだ無いからだ。
