amazonマーケットプレイスを舞台に横行している詐欺は、いまだ収束していないようだ。
相場よりかなり安い値段と「出品者に対する評価」の☆がついていないこと、出品者のプロフィールが不自然な日本語であることなどが詐欺師ではないかと疑うポイントで、さっき(2017年4月30日未明)みたら、某ベストセラー本の最安値はやはりそういう出品者のままだったし、数万円するプロジェクターにも1900円くらいの新品を出品している業者がいた。あぶないあぶない。
今回のマーケットプレイス詐欺に限らず、一見幼稚に見える詐欺は多く、その理由は詐欺師が自らの生産性を高めるためだ、と先日述べた。
詐欺師の生産性ーamazon マーケットプレイスで詐欺が横行中 - カエル先生・高橋宏和ブログ
要するに、ひっかかりやすそうな人たちだけを選別して詐欺をするために、わざと稚拙な手口で詐欺被害者を「募集」するわけだ。いかにも詐欺ですよという文面に引っかかる人、優良なカモ物件は、途中で詐欺だと気付く確率が低い。詐欺師にとって無事最後まで詐欺が完走できるわけで、その選別を稚拙な手口によってしているという話である(ネタ元は瀧本哲史『戦略がすべて』新潮新書 2015年 p.137-138)。
そんなことを書いたら、「詐欺も二極化しているのではないか。稚拙なものと、巧妙なものに」というご意見をいただいた。なるほど。
稚拙な詐欺と巧妙な詐欺の格差は、詐欺を仕掛ける相手が違うことによって生まれてくる。
今回のマーケットプレイス詐欺や振り込め詐欺など不特定多数から詐欺対象を抽出する場合には稚拙な手口が採用される。一方、「これぞ」という特定のカモに狙いを定めて実施される詐欺は精緻で巧妙なものとなる。
「ぬるい」カモを探す場合にはあえて稚拙な手口の詐欺師が跋扈し、「太い」カモから巻き上げる場合には巧妙な手口の詐欺師が暗躍する。ローエンド詐欺とハイエンド詐欺とでも名付けよう。
ハイエンド詐欺の場合、カモられる側は狙われるだけの大金を持っている人々で、たいていの場合はそういう人は注意深い。ハイエンド詐欺では周到な準備が必要だ。
たとえば地下カジノで太いカモから巻き上げる場合には、店舗まるごとでっち上げ、店員もほかのお客も全部「仕込み」だったりするという。
他人の土地を売りつける「地面師」の場合も相当手が込んでいる。
ご用心! 不動産のプロまでダマされる「地面師」たちの手口(森 功) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
こうした巧妙な詐欺師、ハイエンド詐欺師になればなるほど、見た目はフツーになってくる。いかにも詐欺師、というような風貌では、海千山千の「太い」カモは引っかからない。
水商売のプロの女性相手の詐欺師「竿師」も、ホンモノはむしろ地味だ。いかにもジゴロみたいな派手な風体ではダメで、男を見る目に肥えたプロの女性をだますには
<見てくれにしても、真面目にやるけれど不運続きで芽が出ない、といったような、優しい心の持主だけど、くすぶった様子が堅気の娘さんには気に入ってもらえず、恋人も出来ない独り者だから、月に二度ほど遊びに来るというような役柄がいちばんいい(略)>(安倍譲二『塀の中の懲りない面々』文春ウェブ文庫収載 「プロフェッショナル・トゥール」より)
のだそうだ。
「太い」カモ相手のだまし屋ほど、見た目は地味だ。
もっともスケールの大きいだまし相手といえば国家。国家規模のだまし屋であるスパイも、想像以上に地味だったりする。
<基本的にいって、情報部員は二つのタイプにはっきり別れる。
第一は誰の注意もひかぬ、特徴もない凡人である。彼は物静かで、落着いており、けっしてでしゃばらない。態度はしばしば控え目で、はにかみ屋でさえある。服装も地味、話しぶりも地味、物腰も地味である。これは特徴のない平凡な女性でもよい。道を通り過ぎても、誰もその女性を振り返ってみることはない。要するに、会ってから五分も経てば、忘れられてしまうような男女なのである。
もう一つのタイプは目立つ人で、脚光を浴びていなければ落ち着かないといった外交的な性格の持ち主である。(略)>(ウォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』ハヤカワ文庫 1982年 p.96)
アルヴェス・レイスという国家規模の詐欺師もまた、そんな地味な見た目のだまし屋だった。「史上最大の贋金造り」と呼ばれた男である。
<その男は見たところどこといって何の変哲もない男だった。実際の齢は二十八歳だが、二十代も後半からにわかに禿げはじめた頭の恰好のせいで齢よりかなり老けて見える。長頭型でいくぶん色が黒く、ダークスーツに身を固めたごくありきたりの風采からすると、取り立てて学歴も門閥もない、小規模の貿易商社の責任者といった役どころだろう。>(種村季弘『詐欺師の楽園』岩波書店 2003年 p.269)
アルヴェス・レイスは1920年代、ロンドンのウォーターロー商会をだまして偽エスクド札を大量に印刷させポルトガルに持ち込み、そのお金で当時ポルトガルの植民地だったアンゴラの鉱山の利権などを買いあさった。最終的にレイスはつかまってしまうのだが、ハイエンド詐欺だけあって彼の手口もまた巧妙だった。
アルヴェス・レイスの詐欺の手法の一つに、時間差空間差を利用した詐欺がある。
<ナッシュ自動車との取引関係から彼はニューヨークの市中銀行に当座預金口座を開いていた。リスボンで小切手を振り出しても、これが船便でニューヨークに到着するまでには最低八日間はかかる。七日目に電報で裏書きをすれば、八日間は不渡小切手が有効であり、さらに、払い込みを忘れたか、遅れたことにすれば、もう一度ゴマかして小切手を切れる。
リスボンとニューヨーク間の空間的差異を利用して、不渡小切手で二十四日間有効な十万ドルの現金をまんまと握ってしまったのだ。>(種村季弘『詐欺師の楽園』p.278)
時間差空間差を利用して利益を上げるのはビジネスなどでもよく見られる手法だ。
以前、アメリカの証券取引所などは特定の顧客にほかよりも少しだけ早く取引情報を提供するサービスを行っていた。特定顧客はほかの顧客より少しだけ取引情報を知ることで、莫大な利益があげられたようだが、その時間差はわずか0.03秒。フラッシュオーダーと呼ばれるこの仕組みは、不公正として今は取りやめになっている。
実際、精密な詐欺と巧みなビジネスや政治の手法は紙一重かもしれない。
百兆円硬貨を1つだけ政府が発行して巨額な債務を帳消しにするなんてアイディアは普通の生活者からすればトリッキーだし、タックスヘイブンの話なんかもやはり紙一重だ。そのギリギリ紙一重の差が大事だともいえるんでしょうが。
そう言えば年金問題だって「100年安心プラン」って話を聞いてからまだ10数年しか経っていないし、消費税が上がるときだって社会保障充実のためだけに使うって聞いた。カジノだって産業のない過疎地振興のためにつくるって言ってたのになしくずしだし…。
おや、誰か来たようだ。
みなさま、どうかよいゴールデンウィークを……。
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